Mikage Shinai Christ Church

2017年10月 “神様との出会い”

 

“神様の導き” 

御影神愛キリスト教会員 河本ふさえ

 私は岡山県の北方、津山という小さな街で5人兄弟の長女として生まれ育ちました。勿論、キリスト教とは全く無縁の生活でした。結婚し3人の男の子に恵まれ、子どもたちを丈夫に育てたいという思いから、友人に誘われ有機無農薬の野菜の会に入り、その活動の中で数人のクリスチャンの方とのはじめての出会いがありました。その方たちの穏やかな人柄に惹かれて誘われるままに家庭集会に出たりしていました。

 そんな時、私は子宮ガンの宣告を受け、手術を受けることになりました。下の子供が小学校6年生の時です。「どうして私が!」今まで信じていなかった神様を恨んだり、布団の中で涙したりしていました。そんな時、親しくしていたクリスチャンの友人に頂いた手紙にずいぶん励まされ、また心に平安をいただきました、また、同室にクリスチャンの方がおられ、「手術後は痛みがあると思います。こう祈ってみてください。」と祈りの言葉を教えていただき、手術後は教えられたとおり祈りを繰り返しました。そして一度も痛み止めの注射を打っていただくことはありませんでした。このことは私の不思議な体験です。

退院後、近くの教会に通い始めましたが、忙しさに紛れ、いつの間にかそれも遠のいてしまいました。

 子どもたちは順調に成長し社会人となりそれぞれ結婚しました。それは喜ぶべきことなのですが、私の心にはぽっかり穴が開いたようで寂しさを覚え、また人との関係においてもつまずきを覚えるようになりました。

自分なりに努力してもなかなか通じ合わず、夜も眠れなくなりました。そんなとき、「教会に行ってみよう!」との思いが沸き上がり、主人の姪を通して、クリスマスなどで行ったことのあった御影神愛キリスト教会に導かれました。

 その時の牧師先生のお話は「神はあなた方をかえりみていて下さるのであるから、自分の思いわずらいを、いっさい神にゆだねるがよい」(ペテロの第一の手紙5章7節)でした。

大勢の方たちの前でのメッセージなのに、私一人のために語ってくださっているように思えました。聞いているうちに涙でいっぱいになり、重かった心がスーッと霧が晴れるように軽くなりました。帰り道は心も足取りも軽くなり、来てよかったと思いました。

 それから日曜毎に1日も欠かさず教会に通い、1年半後に主人の承諾を得て洗礼を受けました(と言っても主人は長男であり先祖を守る立場にありましたから渋々ながらの承諾です)。キリスト教とは全く無縁だった私でしたが、神様は様々な人を通して私に呼びかけてくださっていたことを想います。「全てのことに時がある」と聖書にあります。時間がかかりましたがこうして神様のもとへと導かれたことを感謝しています。神様を信じ、神様に全てを委ねて生きていくことで、今はいつも心に平安をいただいて過ごせています。感謝!

 次に主人のことを書かせてください。主人のためにも教会の方々と共に祈り続けていましたが、かたくなに心を閉ざしていました。昨年は入退院を繰り返し、病床の中で「僕は天国へ行けないかな~」と弱音を吐くようになりました。そんな時、お見舞いに来て下さった牧師先生の「イエス様を信じますか」との問いに「ハイ!信じます!」全身の力をふりしぼって信仰告白をし、病床洗礼を受けました。

その2週間後、主人は天国へと旅立ちました。神様は祈りに必ず応えて下さることを実感し、感謝で一杯です。

「なんでも祈り求めることは、すでにかなえられたと信じなさい。そうすればそのとおりになるであろう。」(マルコによる福音書11章24節)