2017年9月 「心を満たすもの」
御影神愛キリスト教会 牧師 瀬古 慎二
皆さんは、子どもの頃に叶えられなかった夢や願望はあるでしょうか?おもちゃが欲しかったのに買ってもらえなかった、きれいな洋服を買ってもらえなかった、もっとお腹いっぱいお菓子を食べたかった等の日常の些細なことであってもかまいません。そのような経験はあるでしょうか。
私たち人間は、叶えられなかった願望や欲求が満たされないとどこかでそれを埋め合わせたい、という思いを持つようです。ですから、大人になってからも子供の時に叶えられなかった願望、欲求を満たそうとしてしまうのだと思います。「大人買い」というのもその一つかもしれません。
子どもの頃にかなえられなかった願望や欲求を満たそうというだけなら、なんとかなるかも知れませんが、実は私たち人間の中には、大きな空洞があるのです。フランスの哲学者パスカルがこのように言っています。
「人の心の中には、神が作った空洞がある。その空洞は創造者である神以外のものによっては埋められることができない。」
私たちのうちには、いろいろな夢や願望、欲求があって、それをなんとか満たしたい、そして心の満足を得たいと思うのですが、その中でも神様でしか埋めることができない空洞があるとパスカルは言っているのです。
しかし多くの人が、神様でしか埋めることができない空洞に別の何かで満たそうとしています。ある人は仕事で成功することによって、また、ある人はお金や物を得ることによって、また、ある人は異性を求めることによって等、様々な方法でその空洞を埋めようとしているのではないか、と思います。
しかし、どんなにいろいろなものを試してみても、その空洞は決して埋めることができません。なぜなら、その空洞は、神様でしか埋められないからです。ですから、神様を心の内に迎え入れない限り、私たちの心のうちに、常に何か満たされないものが残るということになるのです。
聖書の中にイスラエルで最も栄華を極めたソロモンという王がいます。この人は、人生を考えた時に
「空の空、空の空、いっさいは空である。」(伝道の書1:2)
と言いました。人生は空しいと言ったのです。しかし、ソロモンは何も持っていなかったのかというとそんなことはありませんでした。彼はありとあらゆる財産を持ち、知恵と知識に富んだ人であり、したいことはなんでもできた人でした。しかし、彼は「人生は空しい」と言ったのでした。なぜでしょうか? それは、やはり彼の人生にも神様が必要だったからなのです。
彼は、さらにこう言っています。
「だれが神を離れて、食い、かつ楽しむことのできる者があろう。神は、その心にかなう人に、知恵と知識と喜びとをくださる。」
(伝道の書2:25~26a)
と。すなわち、人の人生に本当の喜びと満足が与えられるは、その人が神と出会い、神と共に生きる時にある、と言っているのです。
愛する皆さん、もし、あなたが何をやっても何か空しさがある、もの足りなさがあると感じておられるならば、それはあなたの心に神様が必要であるというサインではないでしょうか。そんな時は、ぜひ、心を開いてあなたを愛し、あなたの心を満たしたいと願っておられる神様を心に迎えていただきたいのです。そして神様と共に生きる本当に満たされた人生を歩んでいただきたいと願います。