Mikage Shinai Christ Church

2019年1月”区切りがあること”

 

 

御影神愛キリスト教会 牧師 瀬古慎二

神は「光あれ」と言われた。すると光があった。
神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。
神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。
創世記1章3~5節

明けましておめでとうございます。

 今年も新しい年を迎えることができて感謝いたします。いつも年末年始に思うことなのですが、私たちの毎日に時間という区切りがある、ということがどれだけありがたいことかと思うのです。私たちの毎日には、一日24時間という区切りがあります。また、一週は7日間、一ヶ月は30日、一年は365日という区切りがあります。

 この区切りがあることで、私たちは、過去を振り返りつつも、また新たな気持ちで一日を始め、新しい一週間、一ヶ月を始め、また、一年を始めることができるのではないかと思うのです。

 もし、これが、区切りがなかったらどうでしょうか?ただひたすら毎日が連続し、気持ちを切り替えることも難しくなり、惰性で、あるいは、過去の失敗や痛みを引きずりながら毎日生きていく、そんな状態になってしまうのではないか、と思うのです。区切りがあることで、過去の失敗や過ちを反省しながらも、また気持ちを切り替えて新たな一日、新たな一週間を始める力が湧いて来るのではないでしょうか。その意味において特に一年という区切りは、大きな意味があると思います。

 実際、皆さんも新しい年を迎えて「よ~~し、今年こそは!」と新たな気持ちで一年を始められた方も多いのではないかと思います。そもそも、この時間の区切りを創られたのは誰なのでしょうか。

 最初の聖書の言葉にありますように、それは、神なのです。神が一日という区切りを創り、一週間という区切りを創られたのです。それは、神が私たち人間が生きていくために必要なリズムとして創って下さったのです。そう考えると、私たちは、神を信じていても信じていなくても皆、神の御手の中に守られ生かされているように思うのです。

 ぜひ、あなたを愛し、あなたを見守っておられる神と出会って頂きたいと願います。

 あなたの上に神の恵みと祝福が豊かにありますようお祈りしています。