Mikage Shinai Christ Church

Daily Archives: 2020/04/25

2020年4月「神様のご計画」

御影神愛キリスト教会員 下田政子

  1983年のある日、会社の帰りバイクで阪神住吉駅付近まで来た時、御影神愛キリスト教会婦人部主催の「米子さん」という映画の看板が目にとまりました。少し前、当時、鳥取県米子に在住の甥から「米子さん」の小さな冊子を送って来ていて読んでいたのです。その時、初めて家の近くに教会がある事を知ったのです。

映画会は午前中で、当日、会社を抜け出して映画を観に行きました。そしてその夜、早速、甥に米子さんの映画を観に行った事を手紙に書き知らせました。甥は非常に喜んで、それ以降、いろいろな御言葉が書かれた絵葉書を送ってくれました。このように神様は不思議な出来事を体験させて下さるお方です。もし米子さんの冊子が届いていなかったら、また婦人部の特伝の映画がなかったら、御影の教会を知る事もなかったのです。

その後、受洗講座を受け、洗礼式には甥と婚約者が来る事になっていましたが、教会の都合で早くなり、それは叶いませんでした。ですから、その一週間後、二人と共に教会の礼拝に行き、礼拝後、杉本牧師夫妻、甥、婚約者、瀬古さんと一緒に玄関で写真撮影し、良い記念写真となりました。

甥の証しとなりますが、甥は鳥取大医学部5年生の冬のクリスマス・イブの日、たまたま散歩道にあった福音ルーテル教会を訪れ、翌年4月19日のイースター礼拝の日に受洗、その後、家族と親族の救いの為に祈っていましたので、感謝なことに主はまず最初に叔母の私を信仰に導いて下さいました。私は幼い頃から甥を可愛がっていたのでとても嬉しく思いました。その後、甥の妹二人も救われました。彼は鳥取の病院に勤務して4年程経った頃に、キリスト教主義の病院で働きたいという思いが湧いてきて、祈っていたところ、沖縄の親友から来ないかと声がかかり、沖縄の琉球大学の精神科医局に入局し、研修を受けた後、医療法人葦の会オリブ山病院に就職しました。その病院は職員の40%がクリスチャンとの事でした。何年か後、鎌倉に移住し日本基督教団鎌倉雪ノ下教会客員として、奥さんは子供から手が離れ小説を書いています。その中の一冊に「勝海舟とキリスト教」があり、その他もすべて福音関係の小説です。叔母として大変誇りです。

そんな中、旧会堂の頃には毎月、杉本牧師先生より会堂前に貼り出す御言葉を聞き、筆で書いていました。私にとっていろいろな面で勉強になりましたので、最後に一言、心から感謝させて頂きます。

私の好きな御言葉 「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。」 

2020年4月「イースターを前に 」

御影神愛キリスト教会 伝道師  杉本満子

 

  四月と言えば日本では新年度の始まりですね。学校も企業もみな新しいステップを踏み出すのではないでしょうか?「ピッカピカの一年生」とか「フレッシュマン」という言葉を耳にすると、何か心が躍る明るい気持ちになりますね。けれども今年はどうでしょう。新型コロナウイルスによる感染症が世界中に蔓延して、私たちも何時感染するか?わからない状況にまでなっています。

 聖書の中にこのようなみ言葉があります。「民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。また大地震があり、あちこちに疫病やききんが起り、いろいろ恐ろしいことや天からの物すごい前兆があるであろう。」ルカ21:10~11

 このみ言葉は、今の時代の終わりが近づいていることを言っているのです。時々聞く言葉に「末の世」と言うのがありますね。この世界は永遠に続くものではなく、何時の日か終わりの時が来る。と言うことを多くの人は漠然と考えているのです。そうです、実際にこの世界には、世の終わりが来ると言うことを聖書は語っているのです。そして、その前兆を記して、警告を与えているのです。それでは、私たちはどうしたら良いのでしょうか?それは世界を創造し、私たち一人一人を造り、生かしていて下さる神様の許に帰ることです。人類は、神様と共に生きるようにと、神様によって造られたのです。けれども多くの人々は、この神様を信じることなく自分の思うように生活しているのです。このことを聖書は罪とよんでいるのです。この罪を持ったまま、人は天国、即ち神の許に行くことは出来ません。そこで人々の罪を赦し、みんなが天国に行けるようにとイエスキリスト様がご自分を犠牲にして、私たち人間の罪を代わりに背負って、十字架上で死んで下さったのです。しかし、死んだままではなく、三日目に墓から生き返って下さり、ご自分が神の御子であり、人類を罪から救う者であることを示されたのです。ですから私たちは、このイエスキリスト様を「わたしの救い主」「わたしの罪を赦して天国に導いて下さる方」と信じて、従うなら、わたしたちの罪は赦され、神の子となることが出来るのです。

 イエスキリスト様は、あなたのため、わたしのために十字架の苦しみを経験し、死んで三日目に生き返って下さったのです。教会では、この日をイースターと言って私たちクリスチャンの喜びの日、感謝の日となっているのです。

 今年のイースターは四月十二日です。あなたもこの救い主イエス・キリスト様を信じて新しいステップを踏み出して下さい。共にイースターを祝いましょう。

 

2020年3月「自分の弱さを愛すること」

御影神愛キリスト教会員 久保祐輝

「生まれることはできなかったけど、祐輝には双子の兄弟がいたんだよ」

 おぼろげではありますが、物心が付いた頃にそう親から教わった事を、僕は覚えています。それを聞いた当時の僕は、その事実の裏にあったであろう大人達の悲しみや、悔しさの思いを想像する力もなく、「そうなんだ、会ってみたかったな」といった感想を抱くことしか出来ませんでした。しかし、クリスチャンの家庭に生まれ、教会で聖書の教えに触れていた僕は、神様とそのご計画の存在を知ると共に、こういう疑問を持つようになりました。どうして神様は僕を選んで下さったんだろう。

小さい頃の僕はとても泣き虫でした。事あるごとに泣きわめいていたので、思い返すとちょっとした名物だったんだろうなと笑ってしまいます。ですがその本質は、どうしたのと駆け寄ってもらう事で周囲からの愛情を確かめること、または上手くいかない事に対するいらだちを吐き出すこと、にあったと思います。この頃から僕は、自分を主張する事が苦手でした。そういった弱さを自覚し始めた頃、僕は自分の事を好きになれなくなりました。包み隠さず言うなれば、いらちで、ものぐさで、負けず嫌い、注意散漫等、こんなちっぽけな自分を知られるくらいなら、押し黙って良い子を貫いていた方がましだ。本気でそんなことを思い、自分の殻にとじ込もっていました。

そんな僕が変わるきっかけとなったものは、大学生の頃始めた音楽です。幼い頃から教会で歌や奏楽に触れていたため、音楽自体に興味はあったものの、気恥ずかしさから一歩踏み出せない状態にいました。ですが、何故かその時は固い意志を持って楽器を手に取る事が出来たのです。

そして、教会でも憧れだった奏楽の奉仕を与えられるようになったのですが、逆に、当時の僕にとってはそれが想像以上の重荷となっていきました。技術的な問題もありましたが、それ以前に、会堂中に響く音で演奏をすることが、今まで押し隠していた自分をさらけだすような感覚であることに気が付き、抵抗を覚えるようになったからです。そうやって、悩むようになっていた頃からでした。聖書の言葉や、礼拝で語られる先生のメッセージが響いて鳴り止まない、という経験を何度もするようになりました。今まで他人事のように聞いていた言葉が、自分に向けてのものだと思えるようになりました。

 

 『ところが、主が言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。』                          コリント人への第二の手紙 12:9

 

神様が、僕の双子の兄弟であった彼を先に引き上げられたのは悲しい事実ではありますが、同時に弱い僕を選んで用いて下さったという事実でもあります。これからの僕は、神様に愛されている事実に胸を張って、笑顔で賛美を捧げていきたいです。

2020年3月「 正しい選択 」

御影神愛キリスト教会 伝道師 瀬古博子 

「心をつくして主に信頼せよ」(箴言3:5)

 私の癌との付き合いが始まってから半年ほどの月日が経ちました。半年というのは癌を患っておられる方にとったら短い期間になると思いますが、私にとってはとても長く、また色々なことを経験させられた期間でした。

 最初の頃は、何も頑張らずに平安が与えられ、すべてが感謝でした。しかし、闘病生活が長くなっていく中で、下痢の苦しみ、食べては吐くことを繰り返す苦しみ、体力がなくなり立つこともできなくなる苦しみ、身の置き所の分からなくなる苦しみ、また病室から聞こえてくる他の患者さんからの愚痴を聞かなければならない苦しみ…このような苦しみを経験する中で、何度も神様に苦しさを訴えたり、早くここから脱出させてくれないことへの恨みごとを言ったりと口から良くないものが出るようになりました。それでも神様は愛の神であって、その時その時、状態に合った薬を与えて下さったり、人を連れて来てくださったり、聖書の言葉で励まして下さったりと、助けを与えて下さるということを何度も経験しました。

 しかし、神様への信仰を持ったり、失ったりの繰り返しをするようになっていました。 信仰を持てる時は前向きになり元気になれるのですが、信仰を失う時は、もともとしんどい時に失うのですから、考えることは否定的です。そのため、ますます病状を悪くさせていたのではないかと思います。

 最近、なぜ病気になった当初はあれだけ前向きに信仰を持てていたのに、今は上がったり下がったりの繰り返しをしていて、何が違うのかを考えるようになりました。そして出た結論が「選択」でした。当初は神様の憐れみで私が選択しなくても、神様が私に信仰を与えて下さったので、努力することなく信仰を持ち、前向きに感謝が出来ていました。

 でも今はその段階が終わり、正しい選択を自分でするようにという神様からの新しいチャレンジなのだということに気が付いたのです。状況に関係なく神様を信頼する・・・具体的には神様は良い神であって、必ず私に良いことをしてくださると信じることを自分の判断によって選び取らなければならないことがわかったのです。それからはどんな状況になっても私は正しい選択をすることを神様の前に決断し、誓いました。そうするとやはり心は平安になり感謝が出てくるのです。多分、これからの治療などによって辛い時に悪い選択をするようにという誘惑がやってくると思いますが、その時もやはり正しい選択をし続けようと思っています。そしてその苦しさの中での神様の愛をもっと体験出来たらと期待しています。

 正しい選択をすると必ず心に平安がやって来ます。皆さんもぜひ状況に関係なく正しい選択をしませんか。

 

2020年2月「神様は愛である」

 御影神愛キリスト教会員 徐 金驕 (じょ きんきょう)
 
愛とはどんなものでしょう?

これは子供のころからよく聞いた質問ですが、答えを聞いたことはありませんでした。

2018年7月に主人は肝臓転移を伴う胃癌と診断され、笹子先生と出会いました。今思うとこの出会いは神様のお導きだと感謝します。主人の癌は手術できない程進行していきました。先生は「完治するのは難しいですが可能性はゼロではありません。命は神様のうちにあります」と教えてくれました。そして教会に誘ってくださいました。それまでイエス様の名前を聞いたことはありましたが、キリスト教のことは全く知りませんでした。初めて教会に来た時、皆さんが笑顔で迎えてくれました。礼拝堂では賛美歌が心に染み入り感動に涙が溢れました。不思議なことに、座ることもできない程弱っていた主人が元気に立って、賛美歌のメロティーを口ずさんでました。それが私達の人生初の礼拝でした。

その後、牧師先生からイエス様は救い主であること、人間は罪人であることを初めて教わりました。聖霊様は私達のうちに働いてくださり、皆の前で神様を信じると告白しました。そして全ての不安、恐れを手放し、未来をイエス様に任せて希望に包まれて抗がん剤治療が始まりました。

入院中に治療を受けながらネット配信で礼拝しました。みんなが主人のためにお祈りしてくださるのを見て、主人は感動して「不思議だけど、なんかお腹の中の風船が凹んできて楽になった」と言っていました。その日の午後、笹子夫婦が来てくれました。先生は主人のお腹を触診し「確かに縮んでる」と言われました。私達は嬉しくて神様の癒しに感謝の祈りを捧げました。驚くべきことは、肝臓が3倍くらいに腫れ上がっていた腫瘍がたった2回の治療で半分以下に縮小し、腫瘍マーカーも正常値になりました。すごいスピードで体重も体力も回復し、数ヶ月後には普段の生活に戻っていました。

同年10月、私達は洗礼を受けました。神様に造り変えられたことを喜びながら信仰生活が始まりました。夫婦仲は良くなり、互いの愛を実感するようになりました。娘も教会学校へ通い、神様を信じ、聖書に従い、両親を敬う優しい子になり、親子の愛も深まりました。生活や仕事のことも様々な支えを頂き、兄弟姉妹たちの愛も沢山体験できました。家族3人が一緒に祈ることで、神様から頂く癒し、強め、平安など様々な恵みから、神様の愛を体験しています。何物にも代えられない恵みです。

 

現在、主人は医師も驚くほどに癒され、引き続き治療が必要ですが、すでに神様のうちに完治されたと信じ、神様の御計画に従い、病の方々の励ましとなれるように頑張っています。主人はいつも言っています「神様の愛が頑な心を溶かすことができるなら、まして腫瘍は言うまでもないでしょう」と。

愛は神様のうちにあり、愛はキリストのうちにあり、愛は信仰のうちにあります。愛は定義すべきことではなく、体験すべきことだと感じています。

 「私たちは、神が私たちに対して持っておられる愛を知り、かつ信じている。神は愛である。愛のうちにいる者は、神におり、神も彼にいます。」 Ⅰヨハネ4:16