Mikage Shinai Christ Church

2021年8月初代教会のクリスチャンⅠ:バルナバ

                         御影神愛キリスト教会 名誉牧師 杉本俊輔

新約聖書の中には、12弟子をはじめ多くのクリスチャンの活躍が記録されています。成功や失敗の記録もありますが、今日はその中の一人で、私たち信徒の模範としたい人物を訪ねていきましょう。


今回は、バルナバについて学んでいきましょう。彼の本名はヨセフと言いますが、人々は本名ではなくあだなで「バルナバ」と呼んでいました。使徒行伝4:36には、「クプロ生れのレビ人で、使徒たちにバルナバ(「慰めの子」との意)と呼ばれていたヨセフは、」とあります。これは、彼の人柄をあらわす愛称でしょう。何と素晴らしい呼称でしょうか。

 

ここで彼の名は聖書に突然出て参りますが、彼がイエス様の福音をどこで聞き、誰に信仰に導かれたかは不明です。多分ペンテコステの日に、ペテロのメッセージを聞いて3000人ほどの人がクリスチャンになりました。その中の一人かも知れません(使徒2:41)そして彼は、生まれたばかりの小さいキリストの群れの一員として、無私の心で物心両面でクリスチャンを助ける人となったのです。

 

次に彼が聖書に登場するのは、使徒行伝の9章です。生まれたばかりの小さいクリスチャンの群れは、多くの厳しい迫害に遭いました。その迫害者の中心人物がユダヤ教パリサイ派の超過激派であったサウロ(後のパウロ)です。彼は各地でクリスチャンを殲滅することが神様への忠誠だと誤った確信をもっていたのです。だから彼は、シリアのダマスコのクリスチャンを迫害するために勇躍進んで出ていきました。しかし、人生の大転換が起こったのです。旅の途中で栄光のキリスト様にお会いして、大改心させられたのです。さらにダマスコのクリスチャン・アナニヤの執り成しの祈りをいただいて、立ち直ったばかりか、イエス・キリスト様から直接に大宣教者サウロとしての大任を授けられたのです。

 

その後、エルサレムのクリスチャンのところに行き、「自分も改心しクリスチャンになったので、仲間に入れて欲しい」と願い出たのですが信じてもらえませんでした。その時助け舟を出してくれたのがバルナバでした。エルサレム教会の人々は、「御霊と知恵と信仰に満ちたバルナバの推挙ならば間違いない」と信じてサウロを受け入れたのです。そして、歓迎されてクリスチャンたちの群れに参加できたのです。もしも、執り成し人バルナバが居なかったら、教会の歴史は変わっていたかも知れませんね(使徒9:26~30)

 

第三にバルナバは、ユダヤ人にも異邦人にも信頼され慧眼を持った霊的指導者でした。使徒11:19~30にステパノの殉教の後、エルサレムには迫害の嵐が吹き荒れました。しかし、この迫害は、イエス様の預言の成就の一歩になったのです。

 

「ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう」。使徒1:8のイエス様の御言葉のとおりクリスチャンたちは、各地に福音宣教に出て行ったのです。しかし、彼らは迫害を受けるようになりました。そこで迫害から逃れるために、各地に逃れて行きました。そして、行く先々でイエス様の福音を語ったのです。ついに国内だけでなく世界宣教の第一歩となる外国シリヤのアンテオケまでも福音は運ばれ、その地に教会が生まれました。この都市は、アレキサンダー
大王の息子セリュウカス・ニカトールの建設した王国の首都でした。だからユダヤ人だけではなく世界の民族の集合体の都市にまで福音は伝わったのです。

 

このニュースがエルサレム教会に届きました。そこで、エルサレム教会の指導者達は、多民族都市の教会が健全に、霊的、信仰的に成長するために優れた指導者を送ることにしたのです。そこで、指導者として、聖霊と信仰に満ちたバルナバが選ばれました。バルナバは、この地に来て、素晴らしいクリスチャンの群れを見た時、信仰的に幼い群れが健全で、模範的な教会となるためには、知的に、霊的に指導の出来る人が必要だと示されたのです。その時、自分と共にこの任に当たれるのはサウロだと聖霊の導きを受けたのです。

 

彼は早速サウロを探しに出ました。サウロはキリキアのタルソ(現在のトルコ)に居りました。バルナバは、サウロにアンテオケの教会の現状について説明し、この教会の健全な成長のためにはあなたが必要だと、勧め、共に福音宣教と教会形成のために働こうと勧めました。その結果教会は、聖霊の助けをいただき見事に成長をし、イエス様を信じる人々が数多く与えられました。そして、信じる人々がこの地で初めてクリスチャンと呼ばれるようになったのです。