Mikage Shinai Christ Church

甲斐智教

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2017年5月 本当の美しさ・かっこよさ

宝塚歌劇団には「ブスの25箇条」というものがあるそうです。
どんな内容かと言いますと
1.笑顔がない。

2.お礼を言わない。

3.おいしいと言わない。
4.精気がない。

5.自信がない。

6.グチをこぼす。

7.希望や信念がない。
8.いつも周囲が悪いと思っている。

9.自分がブスであることを知らない。
10.声が小さくいじけている。

11.何でもないことに傷つく。

12.他人に嫉妬する。
13.目が輝いていない。

14.いつも口がヘの字の形をしている。

15.責任転嫁がうまい。
16.他人をうらむ。

17.悲観的に物事を考える。

18.問題意識を持っていない。
19.他人につくさない。

20.他人を信じない。

21.人生においても仕事においても意欲がない。
22.謙虚さがなく傲慢である。

23.人のアドバイスや忠告を受け入れない。
24.自分が最も正しいと信じている。

25.存在自体が周りを暗くする。」というものです。
皆さんは、これを読んでみてどんな印象を受けられたでしょうか。

ここに書かれている内容のほとんどは外面的なことではなく、
内面的な事、心の在り方を言っていると思います。

宝塚歌劇団と言えば、一般には外面的な華やかさがあり、
外面的な美しさ、かっこよさが目立つのではないかと思います。

しかし、宝塚の皆さんが、大切にしておられるのは外面的な
華やかさの前に内面の美しさ、かっこよさを大切に考えておられることが、
この「ブスの25箇条」というものに現れていると思えるのです。

すなわち、本当の美しさ、かっこよさ、というのは、… Continue reading

4月 春のよろこび

御影神愛キリスト教会 伝道師 杉本満子

春です!長い間土の中で眠っていた草花が一斉に咲き始めました。蝶や虫たちも明るい暖かな陽射しを浴びて、草花の間を飛び交い春を満喫しているようです。春は、私たちの心に喜びを届けてくれます。

 
さて、教会でも春は、とても楽しい喜びの日を迎えるのです。それは、イースターの祝い(復活祭)です。

今の時代、クリスチャンでなくても多くの人々は、キリスト教の祭りのクリスマスを知って、その日を楽しんでいます。けれどもイースターの祭りは、日本ではまだまだ認知度が低いのではないのでしょうか?

 
イースターは、救い主イエス・キリストが十字架にかかって死に、お墓に葬られた後、三日目に墓を破って復活して下さったことを祝う日なのです。「死人が甦る?そんなバカな・・・」と多くの人は言うかもしれません。「しかし、事実キリストは眠っているものの初穂として、死人の中から甦ったのである。」Ⅰコリント15:20と聖書ははっきりと書いているのです。クリスマスとイースター、これは深い関係にあるのです。

 

もし、イースターがなければクリスマスはないのです。また、もしクリスマスがなければイースターもないのです。この二つの祝いは車の両輪のように切り離すことが出来ないのです。

 
今から凡そ二千年余前、イエス・キリストはユダヤの地に誕生しました。それば、何のための誕生だったのでしょうか。それは、「人々の罪を赦すために身代わりとなって十字架で死ぬ」と言う目的のための誕生だったのです。ですから、幼児(おさなご)イエス・キリストの上には、その時すでに十字架の影が差していたのです。イエス・キリストは33年と言う年月、私達と同じようにこの地上の人生を歩まれたのです。そして、聖書に預言されているように、キリストに反対する人々の手によって十字架につけられて死んでしまったのです。

しかし、キリストは確かに葬られて三日も経っていたのに、その墓石を取り除いて復活されたのです。何故キリストは復活されたのでしょうか?それは神だからです。この世を支配し、人々に苦しみと死をもたらす悪魔の力に打ち勝って生き返って下さったのです。

 
キリストは勝利の主です。そして、40日の間、弟子たちに本当に甦った姿を現した後、人々が見ている前で、オリブ山から天に昇って行かれたのです。そして、今も生きて私達を見守って居られるのです。そうです。私達は、死んだ神ではなく、今も生きている神を信じているのです。

イースターは、私たちの罪を背負って死と悪魔に勝利して下さった神の子イエス・キリストの復活を喜ぶ日なのです。このイエス・キリストを救い主と信じて心の中にお迎えする人は、みな救われて、神の子となり永遠の命を受けることが出来るのです。

 

今年のイースターは4月16日です。この喜ばしい春の祭りをご一緒に祝おうではありませんか

2月 気づかなかったイエス様の愛に

 

御影神愛キリスト教会 伝道師 瀬古博子

気づかなかったイエス様の愛にずっと
こんなに愛されているイエス様に
もう私はひとりじゃない 主(イエス様)よ、あなたがいる
気づかなかったイエス様の愛にずっと
知らん顔してイエス様を
悲しませてきたのに 主(イエス様)はゆるしてくれた

こんな歌詞の曲が教会学校で歌われています。

私にとっては歌うたびに心を打つ大好きな曲のひとつです。

誰も理解してくれない、誰も傍に居てくれない、誰も愛してくれない・・・そんな思いに誰しもなった経験があるのではと思います。また、イエス様のことを聞いても、自分には関係ない、自分を窮屈にするだけのものと聞く耳を持たないこともあると思います。
実はイエス様がずっと傍に居て私たちが助けを求めるのを待っておられ、イエス様に顔を向けるのを待っておられるのです。その期間がどれだけ長くても諦めることなく、待ち続けて下さっているのです。そして、私たちの心の奥底にある本当の必要を知って、解決を与えてくださるのです。
物はないはずではないのに足りなく思ったり、周りに人はいるはずなのに孤独を感じたり、心に虚しさを感じることがあると思います。ぜひ、そんな時にはイエス様が実はあなたの傍らに居て下さって、虚しい心を埋めたいと待って下さっているということを思い出して祈って下さい。

その祈りこそイエス様が待ち望んでいたものであり、私たちの心の解決の糸口となるのです。
もし、どのようにお祈りしたらいいのかわからない方は、ぜひ、次の文章を読んで下さい。
「イエス様、私は今、虚しい気持ちでいます。イエス様が私の傍に居て下さり、慰めようとしているのでしたら、私に分かるようにして下さい。そして、この虚しい気持ちが取り去られるようにして下さい。アーメン。」
皆様が傍にいつも居てくださるイエス様に気付けるようにお祈りしています。

 

 

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