Mikage Shinai Christ Church

神様との出会い

2020年4月「神様のご計画」

御影神愛キリスト教会員 下田政子

  1983年のある日、会社の帰りバイクで阪神住吉駅付近まで来た時、御影神愛キリスト教会婦人部主催の「米子さん」という映画の看板が目にとまりました。少し前、当時、鳥取県米子に在住の甥から「米子さん」の小さな冊子を送って来ていて読んでいたのです。その時、初めて家の近くに教会がある事を知ったのです。

映画会は午前中で、当日、会社を抜け出して映画を観に行きました。そしてその夜、早速、甥に米子さんの映画を観に行った事を手紙に書き知らせました。甥は非常に喜んで、それ以降、いろいろな御言葉が書かれた絵葉書を送ってくれました。このように神様は不思議な出来事を体験させて下さるお方です。もし米子さんの冊子が届いていなかったら、また婦人部の特伝の映画がなかったら、御影の教会を知る事もなかったのです。

その後、受洗講座を受け、洗礼式には甥と婚約者が来る事になっていましたが、教会の都合で早くなり、それは叶いませんでした。ですから、その一週間後、二人と共に教会の礼拝に行き、礼拝後、杉本牧師夫妻、甥、婚約者、瀬古さんと一緒に玄関で写真撮影し、良い記念写真となりました。

甥の証しとなりますが、甥は鳥取大医学部5年生の冬のクリスマス・イブの日、たまたま散歩道にあった福音ルーテル教会を訪れ、翌年4月19日のイースター礼拝の日に受洗、その後、家族と親族の救いの為に祈っていましたので、感謝なことに主はまず最初に叔母の私を信仰に導いて下さいました。私は幼い頃から甥を可愛がっていたのでとても嬉しく思いました。その後、甥の妹二人も救われました。彼は鳥取の病院に勤務して4年程経った頃に、キリスト教主義の病院で働きたいという思いが湧いてきて、祈っていたところ、沖縄の親友から来ないかと声がかかり、沖縄の琉球大学の精神科医局に入局し、研修を受けた後、医療法人葦の会オリブ山病院に就職しました。その病院は職員の40%がクリスチャンとの事でした。何年か後、鎌倉に移住し日本基督教団鎌倉雪ノ下教会客員として、奥さんは子供から手が離れ小説を書いています。その中の一冊に「勝海舟とキリスト教」があり、その他もすべて福音関係の小説です。叔母として大変誇りです。

そんな中、旧会堂の頃には毎月、杉本牧師先生より会堂前に貼り出す御言葉を聞き、筆で書いていました。私にとっていろいろな面で勉強になりましたので、最後に一言、心から感謝させて頂きます。

私の好きな御言葉 「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。」 

2020年3月「自分の弱さを愛すること」

御影神愛キリスト教会員 久保祐輝

「生まれることはできなかったけど、祐輝には双子の兄弟がいたんだよ」

 おぼろげではありますが、物心が付いた頃にそう親から教わった事を、僕は覚えています。それを聞いた当時の僕は、その事実の裏にあったであろう大人達の悲しみや、悔しさの思いを想像する力もなく、「そうなんだ、会ってみたかったな」といった感想を抱くことしか出来ませんでした。しかし、クリスチャンの家庭に生まれ、教会で聖書の教えに触れていた僕は、神様とそのご計画の存在を知ると共に、こういう疑問を持つようになりました。どうして神様は僕を選んで下さったんだろう。

小さい頃の僕はとても泣き虫でした。事あるごとに泣きわめいていたので、思い返すとちょっとした名物だったんだろうなと笑ってしまいます。ですがその本質は、どうしたのと駆け寄ってもらう事で周囲からの愛情を確かめること、または上手くいかない事に対するいらだちを吐き出すこと、にあったと思います。この頃から僕は、自分を主張する事が苦手でした。そういった弱さを自覚し始めた頃、僕は自分の事を好きになれなくなりました。包み隠さず言うなれば、いらちで、ものぐさで、負けず嫌い、注意散漫等、こんなちっぽけな自分を知られるくらいなら、押し黙って良い子を貫いていた方がましだ。本気でそんなことを思い、自分の殻にとじ込もっていました。

そんな僕が変わるきっかけとなったものは、大学生の頃始めた音楽です。幼い頃から教会で歌や奏楽に触れていたため、音楽自体に興味はあったものの、気恥ずかしさから一歩踏み出せない状態にいました。ですが、何故かその時は固い意志を持って楽器を手に取る事が出来たのです。

そして、教会でも憧れだった奏楽の奉仕を与えられるようになったのですが、逆に、当時の僕にとってはそれが想像以上の重荷となっていきました。技術的な問題もありましたが、それ以前に、会堂中に響く音で演奏をすることが、今まで押し隠していた自分をさらけだすような感覚であることに気が付き、抵抗を覚えるようになったからです。そうやって、悩むようになっていた頃からでした。聖書の言葉や、礼拝で語られる先生のメッセージが響いて鳴り止まない、という経験を何度もするようになりました。今まで他人事のように聞いていた言葉が、自分に向けてのものだと思えるようになりました。

 

 『ところが、主が言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。』                          コリント人への第二の手紙 12:9

 

神様が、僕の双子の兄弟であった彼を先に引き上げられたのは悲しい事実ではありますが、同時に弱い僕を選んで用いて下さったという事実でもあります。これからの僕は、神様に愛されている事実に胸を張って、笑顔で賛美を捧げていきたいです。

2020年2月「神様は愛である」

 御影神愛キリスト教会員 徐 金驕 (じょ きんきょう)
 
愛とはどんなものでしょう?

これは子供のころからよく聞いた質問ですが、答えを聞いたことはありませんでした。

2018年7月に主人は肝臓転移を伴う胃癌と診断され、笹子先生と出会いました。今思うとこの出会いは神様のお導きだと感謝します。主人の癌は手術できない程進行していきました。先生は「完治するのは難しいですが可能性はゼロではありません。命は神様のうちにあります」と教えてくれました。そして教会に誘ってくださいました。それまでイエス様の名前を聞いたことはありましたが、キリスト教のことは全く知りませんでした。初めて教会に来た時、皆さんが笑顔で迎えてくれました。礼拝堂では賛美歌が心に染み入り感動に涙が溢れました。不思議なことに、座ることもできない程弱っていた主人が元気に立って、賛美歌のメロティーを口ずさんでました。それが私達の人生初の礼拝でした。

その後、牧師先生からイエス様は救い主であること、人間は罪人であることを初めて教わりました。聖霊様は私達のうちに働いてくださり、皆の前で神様を信じると告白しました。そして全ての不安、恐れを手放し、未来をイエス様に任せて希望に包まれて抗がん剤治療が始まりました。

入院中に治療を受けながらネット配信で礼拝しました。みんなが主人のためにお祈りしてくださるのを見て、主人は感動して「不思議だけど、なんかお腹の中の風船が凹んできて楽になった」と言っていました。その日の午後、笹子夫婦が来てくれました。先生は主人のお腹を触診し「確かに縮んでる」と言われました。私達は嬉しくて神様の癒しに感謝の祈りを捧げました。驚くべきことは、肝臓が3倍くらいに腫れ上がっていた腫瘍がたった2回の治療で半分以下に縮小し、腫瘍マーカーも正常値になりました。すごいスピードで体重も体力も回復し、数ヶ月後には普段の生活に戻っていました。

同年10月、私達は洗礼を受けました。神様に造り変えられたことを喜びながら信仰生活が始まりました。夫婦仲は良くなり、互いの愛を実感するようになりました。娘も教会学校へ通い、神様を信じ、聖書に従い、両親を敬う優しい子になり、親子の愛も深まりました。生活や仕事のことも様々な支えを頂き、兄弟姉妹たちの愛も沢山体験できました。家族3人が一緒に祈ることで、神様から頂く癒し、強め、平安など様々な恵みから、神様の愛を体験しています。何物にも代えられない恵みです。

 

現在、主人は医師も驚くほどに癒され、引き続き治療が必要ですが、すでに神様のうちに完治されたと信じ、神様の御計画に従い、病の方々の励ましとなれるように頑張っています。主人はいつも言っています「神様の愛が頑な心を溶かすことができるなら、まして腫瘍は言うまでもないでしょう」と。

愛は神様のうちにあり、愛はキリストのうちにあり、愛は信仰のうちにあります。愛は定義すべきことではなく、体験すべきことだと感じています。

 「私たちは、神が私たちに対して持っておられる愛を知り、かつ信じている。神は愛である。愛のうちにいる者は、神におり、神も彼にいます。」 Ⅰヨハネ4:16

 

2019年12月「変わることのない神さま」

御影神愛キリスト教会員 森悦子

 私は人見知りで心配性なところが子どもの頃からありました。幼い頃、家族と並んで寝ていたら1人夜中に目が覚めて、みんな死んでるみたいや、死んだらどうなるんやろ、と不安になったことがあります。クリスチャンの母は聖書物語を読んでくれたり一緒に教会へ連れて行ってくれました。神様はいるな、とぼんやり思ったのと、教会の人はなんであんなに明るい笑顔なのかな、と子ども心に思っていました。

 短大時代、課題のために初めて自分で教会へ行きました。その年は阪神淡路大震災があり、教会も被災し大変な時でしたが温かく迎えていただきました。年齢の近い女性の方々にも親しくしてもらったことが嬉しく、その後も日曜礼拝に出席するようになりました。私自身は大きな被害に遭わずでしたが、当時は震災のことや家族のことで自分なりに悩み、何かを求めていたのだと思います。礼拝で賛美を歌っていると自然に涙が出たり、難しいと思っていた牧師先生のお話が次第に自分に語られているような気がして、ぼんやりでなくはっきりと、自分の罪の為にイエス様の十字架があったんだとわかりました。イエス・キリストは私の救い主だと信じました。

 でも、洗礼の話になってくると、こんな私ではクリスチャンになれない、と自信がなくて、心で信じてるんだからそれでいいのでは、と抵抗がありました。当時、Mさんが私の不安や疑問を聴いてくださって、聖書の御言葉を教えてくださいました。また、受洗講座で学ぶ中で考えが変わっていきました。この世界をつくられた方がこの私をつくってくださった!私の為に命を捨ててくださった!そんな人は他にいない!そんなイエス様に対して私はなんて中途半端なんだろう、私の人生にイエス様は絶対必要‼と思い、洗礼を受けることを決心しました。仲良くしてくれるAさんに気持ちを話すと、静かに受けとめてくれて、その後に当時の牧師夫人である満子先生に受洗希望を伝えました。洗礼式の日は大きな喜びと安心感があり、本当に良かったと心から思いました。

 クリスチャンになってからも心配したり悩みもしますが、1人で苦しむことはなく、共に居てくださる主に祈ることができます!私のような小さい者をも『高価で尊い』イザヤ書43章4節 と言ってくださる主です。

『草は枯れ花はしぼむ。しかし、我々の神の言葉はとこしえに変わることがない。』イザヤ書40章8節

この世界に何が起こっても変わらず私たちを愛し、導いてくださる主に感謝します!

2019年11月「あなたを強くする」

御影神愛キリスト教会員   関 みどり

私はクリスチャンホームに産まれました。幼い頃から毎週日曜日に教会へ行って、教会学校に行き、礼拝で賛美してメッセージを聞いて…それが私にとっては普通の生活でした。『神様は居る・信じる』ということは私にとっては当たり前の感覚でした。中学生になって、中高生キャンプで聖霊様が働きかけ、その後洗礼を受けました。それからも、神様からの恵みをたくさん感じる生活を送ってきました。
 
そして看護師として働きはじめて今年で6年目に入りました。勤務場所は救急病棟という、毎日があわただしく、生と死に直面している患者がたくさんいる所で働いています。毎日”命を預かっている”という責任感の中で働いていますが、自然と恐れを大きく感じることは今までありませんでした。

それはきっと、毎日仕事が始まる前、病棟へ行くエレベーターの中で

 

『恐れてはならない、わたしはあなたと共にいる。驚いてはならない、わたしはあなたの神である。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わが勝利の右の手をもって、あなたをささえる。(イザヤ書 41:10)』

 

と心の中で御言葉を思い浮かべているからだと思います。しかしそんな中、ある夜勤の時1人の患者がベッドから動こうとして転倒し、床で倒れている所を発見しました。頭からはかなりの出血が。私はすぐに先生を呼びました。

患者が転倒することは働く中ではよくあることの一つですが…この時心から「恐れ」を感じました。今まで死と隣り合わせの危ない人達をたくさんみてきましたが、なぜかその出来事は私の中で重くのしかかりました。『自分の管理ミスで患者をこのような状態に合わせてしまった。自分が予測して危険を察知できなかったから。』と思い詰めました。

 

幸いにもその患者の命に別条はありませんでしたが、その出来事から看護師として仕事をすることがとても怖くなってしまいました。数日間、毎日夜に「神様どうしてこんなことをするんですか。」と泣きながら訴え、助けて下さいと言い続けていました。『逆境こそ自分を強くする。神様は乗り越えられない試練は与えられない。』と思い続けていたのが、一瞬で砕かれた感じでした。

 

しかし祈り続けていたら、自然と神様が私の中に平安を与えてくれました。私に何かを語られた訳でもないのですが…ほんとに自然と、看護師として働くことに正面から向き合えるようになりました。御言葉通り『あなたを強くし、助け、支える』ということをしてくれたんだなと。

そんな中、師長との面談がありました。そこで言われたのが「関さんって仏さんか、どっかの子なの?(笑)他の人とは何か違うね。どんな時もしんどい所を見せずに、常に笑顔で働いて。」と言われました。私は思わず「えっと…仏ではなく、クリスチャンです(笑)」と言いました。それを聞いた師長は「あー!納得しました!」と言いました。

 

私はこの時に『神様が自然と、私から周りに福音を伝えているのかな。』と、ふと感じました。毎日生活の中で自分が神様を信じ、信頼し、祈っていればそれは自然と周りへ伝わるんだなと。日々の生活の中で、時には祈ることも疎かになり、神様のことを片隅へ忘れてしまうこともあります。それでも神様はこんな私を愛し・支え続け、私を普段の生活を通して、クリスチャンとしての証をしてくださっていることに、心から感謝です。今でも挫折しそうになることは多々ありますが、どんな時でも『私には神様がいるから大丈夫』、その気持ちを忘れずに毎日を送っていきたいと思います。そして、1人でも多くの人が神様と出会い、救われるように祈り続けます。