Mikage Shinai Christ Church

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2018年5月”みな救われる”

御影神愛キリスト教会 名誉牧師 杉本俊輔

 先日、ろう者の方々と共に礼拝の時を持ちました。生き生きと喜びに満ちている兄姉の姿を見て大変励まされました。そして、「拡大するクリスチャン世界」の一員であることを感謝しようと恵みを分かち合いました。

今日、世界中には、老若男女合わせて人種や民族は異なりますが20数億人のクリスチャンが居ます。素晴らしいですね。3人に一人です。感謝です。今では「アーメン、ハレルヤ」は世界の共通語です。しかし、クリスチャンも初めから多数派ではありませんでした。たった12人の弟子で名も無いユダヤ人達から始まりました。

さて、イエス様は、どんな基準で最初の弟子を選ばれたのでしょうか?「徹夜の祈りをして選ばれた」(ルカ6:12)と記されているので目を見張るような賢者かと思ったのですが違っていました。不思議にも選ばれた人達はユダヤ人社会の指導者ではなく、学者でもない、普通の漁師や取税人という、当時のユダヤ人社会からは、はみ出し者、「無学な、ただの人」(使徒4:13)と蔑まれた、粗野で田舎者のガリラヤ人達でした。

また、中には反ローマ帝国を叫ぶ熱心党の過激分子も居ました。神様の心を知らない人から見れば失敗のように思えます。が、イエス様の弟子人選は、失敗したのではありませんでした。(ルカ6:12)大成功でした。

その後の歴史が証明しています。使徒行伝を読んでくださいね。確かに、初め弟子達は弱さや躓きもありましたが、三年六か月、神の御子イエス様と共に生活し、御言葉に養っていただき整えられていきました。そして、イエス様の昇天後は、イエス様の霊である聖霊様に従うよう教えられて、弟子たちはイエス様の言葉に従順に従ったのです。だから、「真理の御霊が来るときには、あなたがたをあらゆる真理に導いてくれるであろう。」(ヨハネ16:13)との言葉どおりに整えられて「霊の人」「愛の人」となって「証人」になり信仰を整え、教会を建てあげていきました。

さて、今日もイエス様は、初代教会のクリスチャンと同じように、賢い者もそうでない者も分け隔てなく、私達を罪から救い出し、キリスト様の弟子として選んで下さって居ます。リビングバイブルのエペソ1:3~5を読むとよくわかります。「神様は、天上のあらゆる祝福で、私たちを祝福してくださいました。それは、私たちがキリスト様のものとなっているからです。神様は、この世界をお造りになる前から、私たちを、ご自分のものとして選んで下さいました。それは、キリスト様が私達のためにして下さることに、基づいています。そして、神様は私たちを、ご自分の目から見て、何一つ欠点のない、きよい者にしようとお定めになりました。神様の前に立つ私たちは、その愛に包まれているのです。神様の不変の計画とは、イエス・キリストを遣わし、その死によって、私たちを神様の家族の一員として迎えることでした。それが、神様のお考えでした。」

愛する皆さんイエス様の愛と救いをいただいて、日々、生き生きと生きましょう。

2018年4月”イースター”

 

御影神愛キリスト教会 伝道師 瀬古博子

  近年春になると「イースター」という言葉を耳にするようになりました。よく意味はわからないけど、春のお祭りと副題が付いている場合が多いように思うので、昔からあったアメリカの春のお祭りと思っていらっしゃる方が多いのではないかと思います。

 実はこの言葉はクリスチャン用語であり、クリスチャンにとってとても重要な言葉であり、大切な日です。日本語に訳すと「復活祭」で、イエス・キリストが十字架にかかって死んで3日目に甦ったことを記念するクリスマスに次ぐ大事な日です。

罪を全く犯されなかったのに、私たち人間の暗い汚れた心を清めるために十字架にかかって死なれたイエス・キリストが甦ったことを、私たちクリスチャンは真剣に信じています。

「死んだ人が甦る?」と信じられない方がほとんどであると思います。でも、私たちクリスチャンは本当に信じているのです。なぜならイエス・キリストが私たちの代わりに死んでくださり、またそれで終わりではなく甦って下さったことによって、人間が絶対に克服できない「罪の問題」と「死の問題」に解決を与えてくださったからです。イエス・キリストの死と甦りが自分のためであることを信じることによって、罪責感から解放され、死の恐怖から解き放たれたことを実感できるからです。

 忘れたいと思ってもフッと襲ってくる過去に犯した罪に対する罪責感、また今すぐではないと思いつついつかやってくる死に対する恐怖心。これは真剣に考えても避けられないので考えないようにし、今だけを楽しめば良いと、刹那的な生き方になっている方が多いように思います。でも、考えないようにすることや楽天的に考えたら良いでは済まされない状況に陥る時もあるのではないでしょうか。

 でも私たちクリスチャンは、イエス様が私たちの罪の処理を行ってくださったことを信じることによって、「その罪は赦されている」と声をかけて頂くことを経験し、死を目前にしても「イエス様の所に行ける」という平安を持つことができるのです。あなたにもそのような安心感を得ていただきたいと思います。

今年のイースターは4月1日で、この手紙がお手元に届く頃には終わっているかもしれません。でもクリスチャンが、教会が、その安心感を持てる秘訣をお伝えすることができます。クリスチャンに聞いてみてください。教会に足を運んでみてください。是非安心感を持って人生を有意義なものにしていただきたいです。

「あなたがたは、なぜ生きた方を死人の中にたずねているのか。そのかた(イエス・キリスト)は、ここ(墓の中)にはおられない。よみがえられたのだ。」(聖書)

2018年3月”思い煩いからの解放”

御影神愛キリスト教会 牧師 瀬古 慎二

 皆さんは、どんな人生を歩みたいでしょうか。暗闇と失望の人生でしょうか。それとも喜びと希望に満ちた人生でしょうか。

やはり、誰もが喜びと希望に満ちた人生を歩みたいと願われるのではないでしょうか。聖書に「あなたがたは、主にあっていつも喜びなさい。繰り返して言うが、喜びなさい。」とありますが、神様も私たちの人生が喜びに満ちたものとなることを願っています。

 しかし、なかなかいつも喜んでばかりはいられない、というのが、私たちの現実ではないかと思います。

私たちの喜びを奪ってしまうもの中に、思い煩いというものがあります。

私たちの心に思い煩い、心配や悩みがあると喜びは失われてしまいます。皆さんは、心配や悩みがある時には、どのように対処されているでしょうか。

お酒を飲んで、その時だけでも心配事を忘れるという人もいるでしょう。また、ひたすら寝て考えないようにするという人もいるかもしれません。また、心配しても始まらない、と言って解決のために問題に立ち向かう、という強い人もいるかもしれません。

また、良い方法の一つとしては、誰かに話を聞いてもらうというのもあるでしょう。人間、不思議なもので誰かに話を聞いてもらうだけで気持ちが楽になるものです。そして、どうにもならないと思っていた問題でも「なんとかなるかも知れない。」「問題の解決が発見できそうだ。」と前向きになることも多いものではないかと思います。

ただ問題は、そういう人が周りにいない時もあるということです。しかし、いつでも、どんな時でも、あなたの話に耳を傾けてくださる方がいるのです。その方こそ、あなたのことを愛してやまない神様です。

先ほどの聖書の続きに、「何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう。」とあります。

これは、「一人で悩んでいないで何でも神様に話しなさい。そうしたら、神様があなたの心に平安を与えて下さいます。生きる勇気と力を与えて下さいます。」と言っているところです。

神様を信じた多くの人が言われることの一つは、「神様を信じてから心配すること、悩むことが減りました。」ということです。

神様を信じたからといって何も問題がなくなるわけではありません。神様を信じていてもいろいろな問題は起こってきます。しかし、そんな中にあっても感謝なことは、いつでも、どんな時でも神様に祈ることができる、悩みや心配を聞いてもらうことができる、ということです。そして、そこから不思議なほど平安が与えられ、また、問題の解決へと向かっていく力や知恵、助けが与えるということです。あなたにも、この神様と共に生きるめぐみを知って頂けるようお祈りしています。

2017年12月”クリスマスと私”

御影神愛キリスト教会 伝道師 杉本満子

 「すなわち、その名(キリストの名)を信じた人々には、彼(イエスキリスト)は神の子となる力を与えたのである。」ヨハネ1:12

 私は、今年で80余回目のクリスマスを迎えようとしています。牧師の家庭に生まれ育った私は、自分の意識する前から、クリスマスをお祝いしてきたのです。幼い時期の私にとってのクリスマスは、一年で最も楽しい時でした。家の中には、大きなクリスマスツリーが飾られ、キラキラと輝いていました。クリスマスの日が近づくと両親は、クリスマスらしい包装紙とリボンを使って、沢山のプレゼント作りをしていました。

 更に近づくと、クリスマス用の手提げ付きのボックスにお菓子を詰めていました。そのお菓子の甘い匂いが大好きで、それを貰う日がとても楽しみでした。また、25日の朝目覚めると、私達兄姉みんなの枕元に、それぞれのプレゼントが置かれていました。私にとってクリスマスは、それはそれは楽しい日であったことを想い出します。

 しかし、そんな穏やかな時は、長く続きませんでした。昭和16年日本は米英を相手に戦争に突入したのです。教会には、弾圧・迫害の手が延べられて来たのです。でも私の家の教会は、どんな時にも礼拝を守り続けてきました。

ある時、クリスマスが近づいてきたので、家庭で飾りつけをしていました。その飾り物の中に、万国旗の豆電球があったのです。私は何気なく、「今は戦争しているから、アメリカとイギリスの電球は飾れないわね」と言ったと同時に突然空襲警報のサイレンが鳴りました。私達はすぐに電気を消して、真っ暗な中防空壕に避難したという事もありました。

 やがて戦争が終わり、自由に礼拝することが出来るようになったころ、私も成長して、クリスマスの本当の意味を考え、知るようになったのです。それは、幼いころの、プレゼントをもらい、甘いお菓子を食べる日ではなくて、「イエスキリスト様が、私達の罪を赦して、神の子として天国に行けるようにと、身代わりとなって、十字架上で死ぬという目的のために、この地上に人の姿を取って生まれて下さった日」なのだという事です。

 そして、私は、イエス・キリストを救い主と信じてクリスチャンになりました。

 神様は、「救い主イエス・キリスト」という最大のプレゼントを私達に贈って下さったのです。私達は、このことを信じて受け入れるならば最高のプレゼントをいただき心のうちに喜び が溢れてくるのです。

クリスマスの夜「天使は言った。恐れるな、見よすべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える」ルカ福音書2:10

 これは何物にも代えることの出来ない大きな喜びなのです。皆さんは、今年どんなクリスマスを期待していますか、神様からの最高のプレゼント、イエス・キリスト様を、あなたの救い主として心の中に迎え入れて、本当のクリスマス・喜びにあふれたクリスマスを迎えることを願っております。

2017年11月 ”クリスチャンは禁酒・禁煙?”

御影神愛キリスト教会 名誉牧師 杉本 俊輔

 初めて教会に来られる方によく尋ねられることがあります。クリスチャンになったら禁酒・禁煙をしないとダメですか? 確かに、飲酒・喫煙の習慣のある人には心配でしょうね。しかし、本質的にクリスチャンは自由人ですから心配する必要はありません。

 クリスチャンは、神様の御言葉(聖書)に聞きながら生活するのが基本ですから、あなたも聖書を読んで、毎日楽しく豊かに充実した生活の指針を得る事が大切ですね。

 参考までに飲酒についての聖書の言葉を読みましょう。エペソ5:18「酒によってはいけない。それは乱交の元である。」箴言20:1「酒は人をあざける者とし、濃い酒は人をあばれ者とする。これに迷わされる者は無知(ばか)である。」とあります。飲酒は、しばしば私達の知性や理性を失わせます。また、人に迷惑を掛けたり、色々な罪や失敗を生むことがあります。だから飲酒は、要注意ですね。

 喫煙も有害無益ですよね。自他に対して害を与えることは科学的に証明されているようです。聞くところによればタバコには、200種類以上の有害物質が含まれているそうです。そして、癌や脳卒中、心筋梗塞、呼吸器疾患などの危険にさらされるそうです。聖書は自分の身体を大切にしなさいと教えています。コリント第一3:16〜17「あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。もし人が、神の宮を破壊するなら、神はその人を滅ぼすであろう。なぜなら、神の宮は聖なるものであり、そして、あなたがたはその宮なのだからである。」折角神様が与えて下さった身体を粗末にしては申し訳がありません。

 さて、飲酒で失敗した男の話をしましょう。旧約聖書創世記9:20〜24に登場するノア」です。大洪水から助けられたノアは、葡萄を造る農家になりました。彼は葡萄酒を造り、それを飲んで酔っ払ってしまいました。その後、理性もどこかに飛んで行ってしまい前後不覚になり、自制心を失い、羞恥心も失って素っ裸になり恥をさらしてしまったのです。

 実は、このノアの失敗の記録についての解説が、タルムードの中に忠告的に記録されています。ある日ノアが葡萄畑で働いていると、悪魔が来て「ノアよ、何を作っているのか」と尋ねました。ノアが「葡萄を植えているよ」と答えると、悪魔は、「私も仲間に入れてくれ」と言い、仲間になった悪魔は、表面上忠実な僕のような顔をして働きます。しかし、狡猾な悪魔は、やがて羊とライオンと豚と猿の血を混ぜた肥料を持って来て、葡萄の木の根元に注いでしまいます。ノアは、収穫した葡萄で葡萄酒を造りますが、この葡萄酒を飲んだ者は、はじめは羊のように柔和であっても、やがてライオンのように狂い、豚のように汚いことをし、猿のように悪戯をする者となった、と言っているのです

 最後に、イスラエルの第三代目の王でなったソロモンの飲酒者に対する警告を聞きましょう。箴言23:29〜30「災いある者はだれか。憂いある者はだれか。争いをする者はだれか。煩いある者はだれか。ゆえなく傷を受ける者はだれか。赤い目をしている者はだれか。酒に夜をふかす者、行って、混ぜ合わせた酒を味わう者である。」

タルムード(「研究」の意)=ユダヤ教の教師(ラビ)の文書=聖書本文解説書

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