Mikage Shinai Christ Church

瀬古牧師からのメッセージ

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2014年御影神愛キリスト教会だより 6月号

「罪人を招くために来られたキリスト」

御影神愛キリスト教会 牧師 瀬古慎二

4月の末にアメリカのオバマ大統領が東京に来日されました。この度の来日の目的はなんだったのでしょうか。お寿司を食べるためではなく、それは、政治的な交渉をするためだったわけです。一国の大統領が来日するのには、それ相応の目的があってやって来られるわけです。 2000年前、イエス・キリストは神の子としてこの世に来られました。イエス・キリストは何の目的でこの世に来られたのでしょうか。キリストは、このように言われました。「健康な人には医者はいらない。いるのは病人である。わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである。」 イエス・キリストがこの世に来られた目的の一つは、罪人を招くためである。というのです。それでは、ここで言う義人とか罪人というのはどんな人のことなのでしょうか。義人というのは、罪を犯したことは一度もないという人のことではありません。どんなに品行方正な人でも罪を一度も犯したことはない、という人はいないと思います。誰もが一度は、人を憎んだり、小さな嘘をついたりしたことはあるでしょう。ここで言う義人というのは、自分の正直な姿を見ようとせず、自分は間違っていない、自分は正しい、と言い張るような人のことです。それでは、罪人というのは、罪しか犯さない人のことでしょうか。どんなに悪い人であっても、人間どこかに良い部分があるものです。良いことしか、しないという人もいないように、罪しか犯さないという人もいません。 ここで言う罪人とは、どんな人なのでしょうか。それは自分を正直に見つめ、自分の弱さ、罪深さを認めることのできる人のことです。そして、イエス・キリストは、そういう人を愛され、受け入れられ、友となってくださる方なのです。 私たち人間は、誰も完璧な人はいないと思います。誰もが弱さを持ち、失敗をし、時には自分や人を傷つけてしまうものだと思います。しかし、イエス・キリストは、そんな私たちのことを愛して、受け入れてくださり、友となってくださるのです。そして、私たちを本当の悔い改めに導き、私たちの心を変えてくださる方なのです。自分の弱さや罪深さに気づいた時、一人で悩まないで、あなたを包んでくださるイエス・キリストのところに来てください。あなたもイエス・キリストの愛を体験することができます。

「神の恵みにふれて」

*今月のマイストーリー* 御影神愛キリスト教会員 米田佐和   私は、クリスチャンホーム出身ではありませんが、幼い頃から母に連れられて教会に通っていました。 神様を信じる決心をし、中学生の頃に洗礼を受けました。けれども私は、自分がクリスチャンであることを友人に告白することもなく、聖書を開くのは日曜だけ、いや日曜ですらも怪しい、というようなクリスチャンでした。神様の愛について、また自分自身の罪について、深く理解せぬまま中学、高校時代を過ごしていました。   ところが、神様を忘れたような毎日を送っていた私を、神様は決して忘れておられませんでした。 大学1回生の夏ごろ、教会の友人に”KGK”というものに誘われました。聞けばそこは大学生のクリスチャンがたくさん集まるところだということで、参加しました。ただ、このKGKという名前は、ローマ字で「キリスト者学生会」と書いた時の頭文字をとったもので、「ダサい」と思わずにはいられませんでした。笑 しかし、そのダサいと思っていたKGKで、私は神様から本当にたくさんの恵みをいただきました。 KGKの働きは決して派手なものではなく、学生たちが聖書研究会と祈り会の2つを、それぞれが通う大学で行うという、とても地味なものです。私は、このKGKという神様が与えてくれた機会を通して、毎日聖書を開き神の前に静まって祈ることの大切さを知りました。また、共に恵みを分かち合い、お互いのため祈り合える仲間がたくさん与えられました。また仲間たちと、聖書から進路、恋愛、結婚、ときには日本国憲法について学んだりもしました。 様々なことを聖書から学んでいますが、本当に大切なことはわずかなのだと、いつも思わされます。 それは、聖書の御言葉は、つまり神様の言葉は、どこまでも奥深く、そこには私たちへの愛が溢れているということです。私の心には、人にはとても見せることの出来ない汚い思いや考えがたくさんあります。しかし、神様はこんな私の良いところも悪いところも、まるごと受け入れて愛してくれているのです。神様が、その愛するたったひとりの子、イエス様を十字架にかけてまで救いたかった命は、そんな私の命なのだということを、聖書から日々語られています。 残された大学生活を含めたこれからのクリスチャン人生、自分のささげられる精一杯をもって、この神様の測り知れない愛に応答していく生き方が出来るように、祈っていきたいです。1つの賛美を紹介します。

~真昼のように~

命をかけて 愛をしめされて

イエス様に出会い すべてが変わった

わたしはあなたに 何をもって

感謝をあらわせばいいのだろう

 

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2013年11月「教会はどんな人が行くところ?」

「教会はどんな人が行くところ?」

御影神愛キリスト教会 牧師 瀬古慎二

ある人から「私はクリスチャンじゃないんですけど教会に来ていいんでしょうか。」と聞かれたことがあります。他にも同じように思っていらっしゃる方も多いそうです。また、「教会は私のような汚れた人間が行けるところじゃないですよね。」とか、「もうちょっと良い人間になったら教会に来ますよ。」とか言われる方々もいらっしゃいます。

CJH22 実際、教会とは、どういう人が来るところなのでしょうか。
聖書のマルコ2章17節でイエス様は、「丈夫な人には医者はいらない。いるのは病人である。わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである。」とおっしゃいました。イエス様がこの世に来られた時、積極的に関わられた人たちがいます。それは、宗教的指導者や政治家たちといった世の権力者たちではありませんでした。むしろ、その当時、罪人と呼ばれた取税人や遊女たち、また病人や名もない普通の人達とイエス様は積極的に関わりを持ったのでした。
イエス様の12弟子の1人でマタイという人がいますが、この人も取税人でした。この当時、イスラエルの国は、ローマの属国でありました。ですから取税人は、ローマのために同胞ユダヤ人たちから税金を徴収する仕事をしていました。そのため、同胞の民からは、ローマの犬として嫌われていました。また、ローマ人たちからも、ただの下っ端の働き手として馬鹿にされていました。ですから、取税人であったマタイもとても惨めで寂しい毎日を送っていたことと思います。そんな時、彼のところにイエス様が来てくださったのです。そして「私に従って来なさい。私の弟子となりなさい。私と一緒に生きよう。」と言ってくださったのです。どんなにマタイは嬉しかったでしょうか。時の人であったイエス様が、わざわざ自分のところに来てくれて、「私の弟子にしてあげよう。」と言ってくれたのですから。そして、彼はイエス様に従って、その後、素晴らしい働きをする人になっていくのです。
このようにイエス様が招いていらっしゃる人たちというのは、義人と呼ばれる正しい人たちではなく、むしろ人生に悩み、あるいは自分の罪深さや弱さに気づいている人たちなのです。教会もまた正しい人たちだけが集まるところではなく、自分自身の罪や弱さに気づいた人たちも神の恵みを求めて集まるところです。ですから、教会はどんな人が来ても良いところなのです。どなたでも遠慮なく教会にお越し下さい。あなたを歓迎いたします。

2013年10月「助けはどこから」

「助けはどこから」

 御影神愛キリスト教会 牧師 瀬古 慎二

  私たちは、誰しも自分の人生が豊かであり、順風満帆であることを願うのではないでしょうか。しかしながら、なかなか自分の思うようにならないのが人生であります。時には思いがけない苦難や試練が襲ってくることもあります。そんな時、皆さんはどのようして試練を乗り越えていらっしゃるでしょうか。どんな試練も一人で乗り越えて来たという方もいらっしゃるかもしれません。しかし、人間そんなに強い人ばかりではありません。やはりそんな時に助けてくれる誰かがいてくれると、どんなに心強いものでしょうか。皆さんには、試練の時、助けてくれる人はいらっしゃるでしょうか。

子供の頃であれば、親が助けてくれた、先生が助けてくれた、近所のおっちゃん、おばちゃんが助けてくれたということもあったと思います。しかし、大人になってくるとだんだんそういう人がいなくなってきます。また試練や問題も人の力ではどうにもならないほど大きくなってきます。誰にも頼れない時、私たちはどうしたら良いのでしょうか。一人悩み苦しむだけなのでしょうか。

聖書は、そんな私たちに、「あなたを助けてくれる方がいます。」と言っています。聖書の詩篇121篇というところに「わたしは山にむかって目をあげる。わが助けは、どこから来るであろうか。わが助けは、天と地を造られた主から来る。」という言葉があります。この詩篇の作者も試練の時、自分や周りの状況を見て、八方塞がりで不安ばかりがやって来ていました。しかし、そんな中、彼は目を上にあげ、心を天に向けるのです。その時、彼は気づきます。「私を見守り私を助けてくれる神がいる」と。

CJC33そうです。この天と地を造られた神はあなたを助け、あなたを守り、あなたを最善へと導いてくださる方です。実は、あなたにも神の助けの御手が延べられているのです。あなたが心を神に向けるとき神の助けと守りがあることに気づき始めるでしょう。どうか、心を天に向けて神を呼び求めてください。あなたが、神の助け、守りと導きを知ることができるようにお祈りしています。

2013年9月「人生の季節」

「人生の季節」

                        御影神愛キリスト教会 牧師 瀬古 慎二

 日本に住んでいて魅力に感じることのひとつは四季があるということではないでしょうか。春夏秋冬それぞれの季節にいろいろな顔があって私たちを楽しませてくれます。聖書に「天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。」(伝道の書3:1)という言葉があります。人生にもいろいろな季節があるものだというのです。そうですね。私たちの人生には、春のように陽気で暖かく希望に胸膨らむ時もあれば、夏のようにエネルギッシュに情熱を燃やす時もあります。また、秋のように人生の収穫期の時もあれば、冬のようにじっと忍耐をしなければならない時もあります。

さらに聖書は、人生の日常に目を留めて「生れるに時があり、死ぬに時があり、・・・泣くに時があり、笑うに時があり、悲しむに時があり、踊るに時があり、・・・黙るに時があり、語るに時があり、愛するに時があり、憎むに時があり、戦うに時があり、和らぐに時がある。」(伝道の書3:2~8一部略)と人生にはいろいろな時があることも教えています。

確かに私たちの人生にはいろいろな季節があり、いろいろな時があるものです。しかしながら、私たちはその全てを理解しコントロールすることは出来ないのではないでしょうか。いつどのようにして生まれるのか、自分で決めて生まれた人はひとりもいません。また、いつどのようにしてこの世を去るのかを知っている人もいないと思います。私たちは、自分の人生も世の中がどうなっていくのかも分かっているようで、何も分かっていないのではないでしょうか。しかし、全ての事を理解し私たちを最善へと導いて下さる方がいます。その方こそ、この天と地を創られ、私たちを創られた創造者なる神です。

聖書は言います。「神のなされることは皆その時にかなって美しい。」(伝道の書3:11)私たちは、人生の季節や時を全て理解し、コントロールすることは出来ないかも知れません。しかし、全てを理解し、全てを最善へと導いてくださる創造者なる神を信頼して神と共に歩むなら何も心配する必要はありません。神がその時々にかなって全てを美しく整えて下さるのです。神を信頼して生きる豊かな人生をあなたも味わうことができるようにお祈りしています。

2013年8月「信じるだけで救われる」

「信じるだけで救われる」

 御影神愛キリスト教会 牧師  瀬古 慎二

 毎日、暑い日が続いていますが、如何お過ごしでしょうか。今日は、イエス・キリストが十字架に掛けられた場面から、私たちがどのようにして救われるのかを学びたいと思います。

イエス・キリストが十字架に掛けられた時、キリストの右と左にも二人の犯罪人が十字架に掛けられました。そして、キリストは、一方の犯罪人に「あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう。」(平たく言うと「あなたの罪は赦され、私と一緒に天国にいます。」)と言われました。しかし、もう一方の犯罪人には何も言われませんでした。この二人の犯罪人の明暗を分けたポイントは何だったのでしょうか。二人とも十字架に掛けられるほどの罪を犯したというのに・・・

その理由はこうです。罪を赦され天国に行くと言われた犯罪人は、まず自分の罪を認めました。彼は十字架に掛かりながら、キリストを罵り続けていたもう一方の犯罪人に向かって言いました「おまえは同じ刑を受けていながら、神を恐れないのか。俺たちは自分のやった事のむくいを受けているのだから、こうなったのは当然だ。」と。彼は自分が罪人であることをごまかすことなく認めたのです。そして、さらにキリストに向かって彼はお願いしました「イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください。」と。すなわち「イエス様、私はあなたが神の子であり、救い主と信じます。どうか私を救って下さい。」と告白したのです。その時、キリストは彼に向かって「あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう。」と言われたのです。

ここに私たちが救われる道が示されています。それは、私たちの内にある人としての弱さ、足りなさ、罪深さを素直に認めてキリストに「助けて下さい。私を救って下さい。」とお願いし、イエス・キリストを救い主と信じるだけで良いということです。そうする時、キリストは直ちに「安心しなさい。あなたの罪は赦された。あなたは救われました。あなたは今日から神の子です。」と言ってくださるのです。どうか、このキリストを信じて、神様があなたに与えてようとしている愛と恵みに満ちた人生を歩んで頂きたいと願います。

(7月オープンチャペル メッセージより)

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