Mikage Shinai Christ Church

瀬古牧師からのメッセージ

2017年12月”クリスマスと私”

御影神愛キリスト教会 伝道師 杉本満子

 「すなわち、その名(キリストの名)を信じた人々には、彼(イエスキリスト)は神の子となる力を与えたのである。」ヨハネ1:12

 私は、今年で80余回目のクリスマスを迎えようとしています。牧師の家庭に生まれ育った私は、自分の意識する前から、クリスマスをお祝いしてきたのです。幼い時期の私にとってのクリスマスは、一年で最も楽しい時でした。家の中には、大きなクリスマスツリーが飾られ、キラキラと輝いていました。クリスマスの日が近づくと両親は、クリスマスらしい包装紙とリボンを使って、沢山のプレゼント作りをしていました。

 更に近づくと、クリスマス用の手提げ付きのボックスにお菓子を詰めていました。そのお菓子の甘い匂いが大好きで、それを貰う日がとても楽しみでした。また、25日の朝目覚めると、私達兄姉みんなの枕元に、それぞれのプレゼントが置かれていました。私にとってクリスマスは、それはそれは楽しい日であったことを想い出します。

 しかし、そんな穏やかな時は、長く続きませんでした。昭和16年日本は米英を相手に戦争に突入したのです。教会には、弾圧・迫害の手が延べられて来たのです。でも私の家の教会は、どんな時にも礼拝を守り続けてきました。

ある時、クリスマスが近づいてきたので、家庭で飾りつけをしていました。その飾り物の中に、万国旗の豆電球があったのです。私は何気なく、「今は戦争しているから、アメリカとイギリスの電球は飾れないわね」と言ったと同時に突然空襲警報のサイレンが鳴りました。私達はすぐに電気を消して、真っ暗な中防空壕に避難したという事もありました。

 やがて戦争が終わり、自由に礼拝することが出来るようになったころ、私も成長して、クリスマスの本当の意味を考え、知るようになったのです。それは、幼いころの、プレゼントをもらい、甘いお菓子を食べる日ではなくて、「イエスキリスト様が、私達の罪を赦して、神の子として天国に行けるようにと、身代わりとなって、十字架上で死ぬという目的のために、この地上に人の姿を取って生まれて下さった日」なのだという事です。

 そして、私は、イエス・キリストを救い主と信じてクリスチャンになりました。

 神様は、「救い主イエス・キリスト」という最大のプレゼントを私達に贈って下さったのです。私達は、このことを信じて受け入れるならば最高のプレゼントをいただき心のうちに喜び が溢れてくるのです。

クリスマスの夜「天使は言った。恐れるな、見よすべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える」ルカ福音書2:10

 これは何物にも代えることの出来ない大きな喜びなのです。皆さんは、今年どんなクリスマスを期待していますか、神様からの最高のプレゼント、イエス・キリスト様を、あなたの救い主として心の中に迎え入れて、本当のクリスマス・喜びにあふれたクリスマスを迎えることを願っております。

2017年11月 ”クリスチャンは禁酒・禁煙?”

御影神愛キリスト教会 名誉牧師 杉本 俊輔

 初めて教会に来られる方によく尋ねられることがあります。クリスチャンになったら禁酒・禁煙をしないとダメですか? 確かに、飲酒・喫煙の習慣のある人には心配でしょうね。しかし、本質的にクリスチャンは自由人ですから心配する必要はありません。

 クリスチャンは、神様の御言葉(聖書)に聞きながら生活するのが基本ですから、あなたも聖書を読んで、毎日楽しく豊かに充実した生活の指針を得る事が大切ですね。

 参考までに飲酒についての聖書の言葉を読みましょう。エペソ5:18「酒によってはいけない。それは乱交の元である。」箴言20:1「酒は人をあざける者とし、濃い酒は人をあばれ者とする。これに迷わされる者は無知(ばか)である。」とあります。飲酒は、しばしば私達の知性や理性を失わせます。また、人に迷惑を掛けたり、色々な罪や失敗を生むことがあります。だから飲酒は、要注意ですね。

 喫煙も有害無益ですよね。自他に対して害を与えることは科学的に証明されているようです。聞くところによればタバコには、200種類以上の有害物質が含まれているそうです。そして、癌や脳卒中、心筋梗塞、呼吸器疾患などの危険にさらされるそうです。聖書は自分の身体を大切にしなさいと教えています。コリント第一3:16〜17「あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。もし人が、神の宮を破壊するなら、神はその人を滅ぼすであろう。なぜなら、神の宮は聖なるものであり、そして、あなたがたはその宮なのだからである。」折角神様が与えて下さった身体を粗末にしては申し訳がありません。

 さて、飲酒で失敗した男の話をしましょう。旧約聖書創世記9:20〜24に登場するノア」です。大洪水から助けられたノアは、葡萄を造る農家になりました。彼は葡萄酒を造り、それを飲んで酔っ払ってしまいました。その後、理性もどこかに飛んで行ってしまい前後不覚になり、自制心を失い、羞恥心も失って素っ裸になり恥をさらしてしまったのです。

 実は、このノアの失敗の記録についての解説が、タルムードの中に忠告的に記録されています。ある日ノアが葡萄畑で働いていると、悪魔が来て「ノアよ、何を作っているのか」と尋ねました。ノアが「葡萄を植えているよ」と答えると、悪魔は、「私も仲間に入れてくれ」と言い、仲間になった悪魔は、表面上忠実な僕のような顔をして働きます。しかし、狡猾な悪魔は、やがて羊とライオンと豚と猿の血を混ぜた肥料を持って来て、葡萄の木の根元に注いでしまいます。ノアは、収穫した葡萄で葡萄酒を造りますが、この葡萄酒を飲んだ者は、はじめは羊のように柔和であっても、やがてライオンのように狂い、豚のように汚いことをし、猿のように悪戯をする者となった、と言っているのです

 最後に、イスラエルの第三代目の王でなったソロモンの飲酒者に対する警告を聞きましょう。箴言23:29〜30「災いある者はだれか。憂いある者はだれか。争いをする者はだれか。煩いある者はだれか。ゆえなく傷を受ける者はだれか。赤い目をしている者はだれか。酒に夜をふかす者、行って、混ぜ合わせた酒を味わう者である。」

タルムード(「研究」の意)=ユダヤ教の教師(ラビ)の文書=聖書本文解説書

2018年2月 「平安」

 御影神愛キリスト教会 牧師 瀬古 博子

「わたしは平安をあなたがたに残して行く。わたしの平安をあなたがたに与える。わたしが与えるのは、世が与えるようなものとは異なる。あなたがたは心を騒がせるな、またおじけるな。」ヨハネ14:27

あなたにとって平安な時とはどんな時でしょうか。自分の願ったことが叶う時や周りの環境が自分にとって良い時に私たちは平安を感じるでしょう。でもこれらは世が与える平安であり、その平安は自分で決められない環境や状況によって左右されてしまうものです。

 
イエス様が与えてくれる平安は環境や状況に振り回されない、愛の神様に守られていて全てが益になるという信仰から生じる平安なのです。自分の願いが叶わなくても、どんなに嫌なことが起こっても、「神様がいるから、イエス様がいるから大丈夫」と思える平安なのです。この平安は自分から手を離さない限り与えられ、持ち続けることができるものです。環境や状況に振り回されない平安を持っていたら、心を騒がせることもなく、怖じける必要もありません。

このような平安を欲しいと思う方はぜひ、お祈りして下さい、「神様、イエス様が与えてくれる平安を私も持ちたいです。どうぞ私に下さい」と。

2018年1月 「一つのこと」

 

 御影神愛キリスト教会 牧師 瀬古 慎二

明けましておめでとうございます。

昨年の「教会だより」1月号に「一年の計」という題で原稿を書かせていただきました。読んで下さった方もおられると思いますが、皆さんにとって昨年は、どんな一年になったでしょうか。

一年前に計画した計画通りに過ごすことができたでしょうか。「計画通りに過ごせました。」という方もいらっしゃるでしょうし、「いや~なかなか人生思い通りにはいかないものですね。」という方もいらっしゃるかと思います。

 それでは、今年はどうでしょうか。今年に向けて何か計画や抱負を持っておられるでしょうか。「もちろんです。」という方や「いや、まだ何も。」という方もいらっしゃるでしょう。また、「どうせ計画しても続かないから考えるのをやめました。」という方もいらっしゃるかもしれません。

 最近読んだ記事に「新年の抱負を決めた人の50%は1月末までに挫折し、10人中9人は3月までに継続を断念しています。」とありました。ひょっとしたら、「あっ!これ私の事だ。」と思った方がおられるかも知れません。

 でも、そんなあなたにもお勧めの方法があります。それは、この記事にも書いてあった事ですが、「一言を見つける。」ということです。それは、センテンスや文章ではなく、たった一つの言葉です。「愛・喜び・平安・・・」といった一つの言葉です。その一言を見つけてそれに集中するのです。そうしていく時に人生がシンプルになり、本当に集中すべきことに集中して人生に変化が生まれる、というのです。

 イスラエルのダビデ王は、こんな詩をうたっています。「私が神にお願いすることは、ただ一つです。私の求めてやまないものとは、主の宮で黙想にふけり、いのちのある限り主の前で暮らすこと、比べようもない、主の麗しさと完全と栄光とを喜ぶ特権です。」(リビングバイブル訳)彼は、一生をかけて一つのことを願い求めました。それは、主(神)と共に生きることでした。実際に彼は神と共に生きる、という一点に集中して生涯を送りました。そして、彼は神からの祝福を受け、イスラエルの偉大な王となりました。

 人には多くの計画がありますが、本当に大切なことを発見してそれに集中できる人生は幸いではないでしょうか。神様はあなたにもその一つを示し導きたいと願っています。あなたも、神様にその一つを示していただき幸いな一年、一生を送っていただきたいと願います。