Mikage Shinai Christ Church

瀬古牧師からのメッセージ

2020年1月「人生のガイドブック 」

御影神愛キリスト教会 牧師 瀬古慎二

「あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。」詩篇119:105

  明けましておめでとうございます。

  今年も新しい年を迎えることができて感謝です。皆さんは、この一年どんな年にしたいとお考えでしょうか。やはり、去年よりもさらに良い年にしたいと願っておられるのではないでしょうか。聖書の言葉から、そのヒントを見つけて頂ければ幸いです。

 昔から人生は旅のようなものだと言われます。旅には楽しい事もありますし、時には予想もしないハプニングがあったりします。また、知らない場所へ行く期待や不安があったりもします。人生は旅のようなものというのもうなずけます。それでは、この旅をより良いもの、より安全で快適に過ごすためにはどうしたら良いでしょうか。その一つにガイドブックを用意する、というのがあると思います。ガイドブックというのはありがたいものです。地図が載っているし、食事の場所、観光名所、お土産は何が良いか、注意すべきことは何か、様々な情報が載っています。初めて行く場所であってもガイドブックがあると旅をより良く過ごすことができます。

  それでは、人生という旅にも、このようなガイドブックはないのでしょうか、実はあるのです。それが聖書です。聖書には、私たちがどこから来て、どこへ向かっているのかが書かれています。また、どのように生きれば幸せになるのか、人生の中で起こってくる様々な困難をどのように乗り越えることができるのか、人生という旅で経験するありとあらゆることにどう対処すれば良いかが書かれています。まさに聖書は人生のガイドブックなのです。

  聖書に「あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。」(詩篇119:105)という言葉がありますが、聖書の言葉、すなわち神様の言葉は私たちの人生を照らす言葉、導く言葉なのです。

  これから始まるこの一年、ぜひ、一度聖書を手に取って読んで見て下さい。あなたの人生の助けになる言葉、導く言葉に出会えるはずです。そして、この新しい年にもあなたの人生を照らす光を発見して頂きたいと願います。

2019年12月「 救い主の誕生 」

御影神愛キリスト教会 牧師 瀬古慎二

 

「きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。

このかたこそ主なるキリストである。」ルカによる福音書2:11

 

 クリスマスおめでとうございます。今年もクリスマスのシーズンがやって来ました。皆さんは、どのようにクリスマスを過ごされるでしょうか。この機会に教会にも足を運んで頂いて一緒に救い主の誕生をお祝いできると幸いです。

 さて、皆さんは、クリスマスは、イエス・キリスト様の誕生をお祝いする日だということはご存じかと思います。では、イエス様はどんなところでその誕生を迎えたかご存知でしょうか。

実は、イエス様は家畜小屋で生まれたのです。家畜の糞尿にまみれた不衛生な場所で生まれたのでした。なぜイエス様はそんなところで生まれなければならなかったのでしょうか。それは、イエス様は、どんな境遇の中にある人でも救うために来られたからです。どんなに貧しい人でも、どんなに弱く罪の中にある人でも救うために来られたからです。そして、その人の友となり共に生きるために来られたから、そのような最も貧しい姿でお生まれになられたのです。

イエス様は言われました「丈夫な人には医者はいらない。いるのは病人である。・・・わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである。」と。イエス様は、自分の弱さに悩み、苦しむ、罪人を救うために、友となるために来て下さったのです。

 

 また、イエス様の生涯を見てもイエス様は様々な苦しみや痛みを知っておられた方だったことが分かります。聖書は彼の生涯をこのように表現しています。「彼にはわれわれの見るべき姿がなく、威厳もなく、われわれの慕うべき美しさもない。彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。」

イエス様は、人生の苦しみ、痛み、孤独を知っておられる方なのです。ですから、どんなどん底にいる人のことも、罪に悩み苦しんでいる人のことも理解し、そこから救い出すことのできる方なのです。ですから、私たちの心が家畜小屋のようにどんなに汚れていてもイエス様は、私たちのところに来てくださいます。そして、私たちの友となり、私たちの心をきよめ、新しい人生を歩む力を与えて下さることのできる方なのです。

 

 ぜひ、このクリスマスにあなたのためにお生まれになった救い主イエス・キリストと出会って頂きたいと願います。

2019年11月「 不動のもの 」

御影神愛キリスト教会  伝道師 瀬古博子

 皆さんはそよ風に揺れ動く木々を見るのはお好きでしょうか?涼しさを感じたり、心地よさを感じたりするものではないでしょうか。でもそよ風ではなく、暴風に荒れ狂う木々を見るとどのように思うでしょうか。風の怖さをさらに引き立たせてしまうものとして、恐怖を感じるほど、恐ろしいと思うものだと思います。

人生の色々なことに嬉しくなったり、悲しくなったりして生きていることを感じ、揺れ動く感情そのものは、生きている喜びを教えてくれたりすると思います。でも自分でもコントロールの利かない感情の揺れはどうでしょうか。問題が問題なのではなく、問題による自分の感情の揺れにしんどくなり、疲れてしまわないでしょうか。

私事で申し訳ないのですが、この9月から私自身がん患者となり、病人としての生活を送っています。「がんです。」と言われてから、驚きもせず、不思議な平安な気持ちが続いています。「やせ我慢?無理しないで」という言葉も何度か聞きましたが、もちろん痛い時は我慢せず痛いと言って痛み止めを飲みますし、眠れない時は眠れませんと眠剤を頂いています。

でも心には平安があります。その平安は「神様は良いお方で、この病を勝利に変えて下さることは間違いない」という強い思いから来ます。私も私自身に向かって「博子、自分で自分の状況はわかってる?最悪だよ」と言って聞かせるのですが、「それがどうした?神様にとってなにか不都合でもあります?」と答えているのです。なので、何のやせ我慢もせず、無理もせず、湧き上がってくる平安な気持ちを無理に押し殺すのも変かを思い、素直に出しています。こういう状況とはどういうことなのでしょうか?がんという問題に対して木々は揺れていないのです。ましてや暴風にあおられているような揺れ方はしていないのです。感情がいちいち揺れ動かないので、私の中にあるのは平安と平安からくる感謝だけです。

「主に信頼する者は、動かされることなくて、とこしえにあるシオンの山のようである」(詩編125:1)主に信頼する者は動かされることがないのです。すなわち神様を信じる者は不動の者となるのです。不動の者となると心配がなく、不安がなく、楽なのです。
皆さんが生きている間、がんでなくても人生で経験する様々な問題に直面する時、自分の感情にコントロールされる生き方でなく、不動な者として生きて、いつも平安な人生を送って頂きたいと思います。その為には神様が良い方であること、そしてイエス様が全ての病いを十字架で負って下さったことを信じるしかありません。ぜひその神様をイエス様を信じられるように求めて頂きたいと思います。

皆様の祝福をお祈りしています。

2019年10月「恵みの神」

御影神愛キリスト教会  伝道師  杉本満子

 

実りの秋です。黄金色に染まった稲穂が風にそよいでいます。店先にはいろいろな果物が、その美味しさを競うかのように並べられています。ぶどう、りんご、梨、柿、ミカン等々。 また、幼稚園児や小学生達が芋掘りを楽しんでいる様子が目に浮かびます。この様な豊かな実りを思う時、農家の方々のご苦労があってこそ、と思います。確かに、農家の方々のご苦労は、一方ならないものがあると思いますが、我が子のように大切に育ててきた農作物も、夏の日照りや、水不足、また台風などで被害を受け、十分な収穫を期待できない年もあるようです。

今年も梅雨寒(特に関東から北の方が厳しかったようです。)、その後の猛暑、台風襲来など、様々な気候の変化を経験しました。今年の収穫はどうでしょうか?最近よく気候変動ということが言われます。地球全体の気温が高くなっているようですね。日本でも連日35℃以上を経験するようになりました。南極では氷山が溶けて崩落しているようです。今後このまま地球の気温が上がり続けたら、どうなるのでしょうか?

私達が住むこの世界は、初め神様が造られた時は、神様の目から見てもそれは「はなはだ良かった」創世記一章に言われているほど素晴らしい住み良い所であったのです。そこには「見て美しく食べるに良い木」が生えていたのです。そしてそこには川が流れていて、その地を潤していたと、聖書は記しています。そこにはCO2問題や大気汚染などはありませんでした。神様は人を最高の環境の許に生活できるようにして下さったのです。

では、何故今の地球はこんなに汚れてしまったのでしょうか?それは、人類が神様から離れて自分達の欲望のままに生活したためなのです。神様を見失った人は、しばしば自分が偉くなって、自分の知恵を誇り、技術を誇って世界を支配しようとするのです。確かに人の知恵は、素晴らしいと思います。私達の生活は便利になりました。しかし、それだけでは済まず、今や宇宙までも支配しようとしていますね。でも、それが故に大気が汚染され、地球環境が壊されていくとしたら ・ ・ ・

 古(いにしえ)の人も自分達の知恵と技術を誇って、天にまで届くビルを建てて有名になろうとしたのです。けれどもその事は神様に喜ばれず散らされてしまったので、それはバレルの塔と呼ばれるようになったのです。創世記11:1~9 便利な生活は、確かに良いです。けれども豊かな実りの秋も、わたしは好きです。

マタイ5:45に「天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも太陽をのぼらせ、正しい者にも正しくない者にも、雨を降らして下さるからである。」と言う御言葉があります。私達人間は、神様に造られ生かされていることを知らなければなりません。そして、神様の前に謙虚な生活をしていくならば、神様は、その人には豊かな生活を与えて下さるのです。神様は恵みの神なのです。

2019年9月「御子(イエス様)を信じる者は滅びない」

御影神愛キリスト教会 名誉牧師 杉本俊輔

私をイエス・キリスト様を信じる信仰に導いてくれた牧師先生には、六人のお子さんが居ました。お子さんたちは、大変優秀で評判の良い子供達でした。後に全員牧師や牧師夫人になり、神様に仕える者になっています。だいぶ昔のことですが、ご長男のK先生の証を聞きました。

「私は終戦の年、昭和20年H市で生まれました。父は牧師、母も祖父母もクリスチャンでしたから、敗戦の困難な時代でも、家庭はキリスト様が中心でした。毎朝家庭礼拝があり、その中で父母はよくこんな話をしていました。『お父さんが牧師でもお母さんがどんなに一生懸命イエス様を信じていても、牧師の子供がそのまま天国にいけるんじゃないよ。イエス様を信じなけりゃ地獄に行っちゃうよ。』しかし、幼かった私には、地獄はあまり関心のない所でした。あるかもしれない、せいぜいそんな感覚でした。ところが、私はやがて良心に引っかかってどうしても取れない一つの罪を犯してしまいました。それは父の教会の献金を盗んで使ってしまったことです。聖書の言葉で培われてきた良心がよみがえり、父にその罪を謝りました。しかし、心に平安がありませんでした。罪赦されたとの確信がなかったのでしょう。そして地獄が本当にあるような気になって不安でした。しかし、中学三年生の時、ある特別集会に出席しました。この時の講師先生は、『神はそのひとり子(イエス・キリスト)を賜ったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである』(ヨハネ3:16)と言う御言葉の中にあなたの名前を当てはめて言ってごらんなさいと言われました。そこで私は、「世」というところに自分の名前を当てはめて読んでみました。『神は・・・このKを愛して下さった・・・滅びないで永遠の命を得るためである』と。幼いころから何度も聞いたことのある神様の御言葉がその時初めて私のものとして実感しました。」と証されました。

イエス・キリスト様は、本当に素晴らしい神様です。信じる人を誰も差別しないで神の子として救ってくれるのですから。生まれや育ち行いに関係なく愛し赦して下さるのです。だから福音なのですね。

「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。」
マタイ11:28

さあ、愛の神様に自分の心と身を委ねましょう。