Mikage Shinai Christ Church

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4月 春のよろこび

御影神愛キリスト教会 伝道師 杉本満子

春です!長い間土の中で眠っていた草花が一斉に咲き始めました。蝶や虫たちも明るい暖かな陽射しを浴びて、草花の間を飛び交い春を満喫しているようです。春は、私たちの心に喜びを届けてくれます。

 
さて、教会でも春は、とても楽しい喜びの日を迎えるのです。それは、イースターの祝い(復活祭)です。

今の時代、クリスチャンでなくても多くの人々は、キリスト教の祭りのクリスマスを知って、その日を楽しんでいます。けれどもイースターの祭りは、日本ではまだまだ認知度が低いのではないのでしょうか?

 
イースターは、救い主イエス・キリストが十字架にかかって死に、お墓に葬られた後、三日目に墓を破って復活して下さったことを祝う日なのです。「死人が甦る?そんなバカな・・・」と多くの人は言うかもしれません。「しかし、事実キリストは眠っているものの初穂として、死人の中から甦ったのである。」Ⅰコリント15:20と聖書ははっきりと書いているのです。クリスマスとイースター、これは深い関係にあるのです。

 

もし、イースターがなければクリスマスはないのです。また、もしクリスマスがなければイースターもないのです。この二つの祝いは車の両輪のように切り離すことが出来ないのです。

 
今から凡そ二千年余前、イエス・キリストはユダヤの地に誕生しました。それば、何のための誕生だったのでしょうか。それは、「人々の罪を赦すために身代わりとなって十字架で死ぬ」と言う目的のための誕生だったのです。ですから、幼児(おさなご)イエス・キリストの上には、その時すでに十字架の影が差していたのです。イエス・キリストは33年と言う年月、私達と同じようにこの地上の人生を歩まれたのです。そして、聖書に預言されているように、キリストに反対する人々の手によって十字架につけられて死んでしまったのです。

しかし、キリストは確かに葬られて三日も経っていたのに、その墓石を取り除いて復活されたのです。何故キリストは復活されたのでしょうか?それは神だからです。この世を支配し、人々に苦しみと死をもたらす悪魔の力に打ち勝って生き返って下さったのです。

 
キリストは勝利の主です。そして、40日の間、弟子たちに本当に甦った姿を現した後、人々が見ている前で、オリブ山から天に昇って行かれたのです。そして、今も生きて私達を見守って居られるのです。そうです。私達は、死んだ神ではなく、今も生きている神を信じているのです。

イースターは、私たちの罪を背負って死と悪魔に勝利して下さった神の子イエス・キリストの復活を喜ぶ日なのです。このイエス・キリストを救い主と信じて心の中にお迎えする人は、みな救われて、神の子となり永遠の命を受けることが出来るのです。

 

今年のイースターは4月16日です。この喜ばしい春の祭りをご一緒に祝おうではありませんか

2月 気づかなかったイエス様の愛に

 

御影神愛キリスト教会 伝道師 瀬古博子

気づかなかったイエス様の愛にずっと
こんなに愛されているイエス様に
もう私はひとりじゃない 主(イエス様)よ、あなたがいる
気づかなかったイエス様の愛にずっと
知らん顔してイエス様を
悲しませてきたのに 主(イエス様)はゆるしてくれた

こんな歌詞の曲が教会学校で歌われています。

私にとっては歌うたびに心を打つ大好きな曲のひとつです。

誰も理解してくれない、誰も傍に居てくれない、誰も愛してくれない・・・そんな思いに誰しもなった経験があるのではと思います。また、イエス様のことを聞いても、自分には関係ない、自分を窮屈にするだけのものと聞く耳を持たないこともあると思います。
実はイエス様がずっと傍に居て私たちが助けを求めるのを待っておられ、イエス様に顔を向けるのを待っておられるのです。その期間がどれだけ長くても諦めることなく、待ち続けて下さっているのです。そして、私たちの心の奥底にある本当の必要を知って、解決を与えてくださるのです。
物はないはずではないのに足りなく思ったり、周りに人はいるはずなのに孤独を感じたり、心に虚しさを感じることがあると思います。ぜひ、そんな時にはイエス様が実はあなたの傍らに居て下さって、虚しい心を埋めたいと待って下さっているということを思い出して祈って下さい。

その祈りこそイエス様が待ち望んでいたものであり、私たちの心の解決の糸口となるのです。
もし、どのようにお祈りしたらいいのかわからない方は、ぜひ、次の文章を読んで下さい。
「イエス様、私は今、虚しい気持ちでいます。イエス様が私の傍に居て下さり、慰めようとしているのでしたら、私に分かるようにして下さい。そして、この虚しい気持ちが取り去られるようにして下さい。アーメン。」
皆様が傍にいつも居てくださるイエス様に気付けるようにお祈りしています。

 

 

1月 一年の計

 

御影神愛キリスト教会 牧師 瀬古慎二

 

明けましておめでとうございます。皆さんは、今年どのような思いで新しい年を迎えられたでしょうか。

この一年も皆さんにとって神様の恵み豊かな一年となりますようにお祈りいたします。

さて、ことわざに「一年の計は元旦にあり」とありますが、皆さんは、今年の計画は何か立てておられるでしょうか。計画と言わずとも、今年こそはチャレンジしたい事、成し遂げたい事などはあるでしょうか。

聖書に「人の心には多くの計画がある、しかしただ主の、み旨だけが堅く立つ。」

という言葉があります。確かに私たちの内には、いろいろな計画があると思います。ただ、その計画が全て実現できるか、というとそうとも限りません。実現できるものもあれば、できないものもあります。しかし、ここで言われていることは、ひとつだけ必ず成る計画があるというのです。それは、神の計画です。神様は、この世界に対して、また、私やあなたの人生に対して計画をもっておられます。そして、神様はそれを成し遂げることのできる方なのです。ですから、もし、私たちが、神様に「あなたが私に持っている計画は何ですか?教えて下さい。それを実現して下さい。」と願うなら、神様はそれを教え、導いて下さる方なのです。

それでは、神様が私たちに持っていて下さる計画とは何でしょうか。聖書のエレミヤ書というところにこんな言葉があります。「主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。」

神様が、私たちに持っている計画は、災いを与える計画ではなく、平安と将来、希望を与える計画です。ですから、私たちは安心して「どうか、神様のみ心を行って下さい。」と祈ることができるのです。

新しい年を迎えたこの時、ぜひ、神様に「私に持っている計画があるなら教えてください。私を導いて下さい。」と祈って頂けないでしょうか。

皆さんにとって素晴らしい年となりますよう祝福をお祈りしています。

 

 

12月 あなたの名を呼ぶ神

 

御影神愛キリスト教会 牧師 瀬古 慎二

 

皆さんは、人から名前を呼ばれるとどんな気持ちになるでしょうか。嬉しい気持ちになるでしょうか。それとも嫌な気持ちになるでしょうか。おそらく多くの方は、嬉しいとまでは言わなくても良い感情を抱くのではないかと思います。インターネット等で調べて見ても、自分の名前を呼ばれる時、「自分のことを覚えてくれていた。」「自分を認めてもらっている感じがする。」という回答を見ることができます。また、聞いた話ですが、刑務所でも受刑者の人を番号で呼ぶような事はしないで、きちんと「○○さん」と名前で呼ぶそうです。それは、刑務所の目的は、受刑者の人が更生して社会復帰させることなので、受刑者をきちんと人として取り扱うためだそうです。

名前を呼ぶという、実に単純なことですが、そこにはとても大切なメッセージが込められてると思います。互いに名前で呼び合うことを大切にしていきたいものです。そして、神もまた、私たち一人一人の名を呼ばれる方なのです。聖書に

“ヤコブよ、あなたを創造された主はこう言われる。イスラエルよ、あなたを造られた主はいまこう言われる、「恐れるな、わたしはあなたをあがなった。わたしはあなたの名を呼んだ、あなたはわたしのものだ。」”

という言葉があります。これは神が私たち一人ひとりのことを覚えて名前を呼んでおられる方である、と読み取れる言葉です。もちろんここでは、ヤコブよ、イスラエルよ、と神に選ばれた民の名を呼んでいますが、今日、神は、あなたの名も呼んでおられるのです。

そして、あなたと個人的な、もっと親しい関係を築きたい、あなたと人生を共有したい、あなたを導き、あなたに愛と恵みを与えたいと願っておられるのです。ぜひ一度、ヤコブよ、イスラエルよ、というところにご自分の名前を入れて読んでみて下さい。そして、神があなたの名を呼び、あなたと特別な関係を持ちたいと願っている神様の思いに触れて頂きたいと願います。